28.たとえ変わってしまったとしても

 遊園地に行った日の翌日、更紗は来なかった。

 別に用事がなかったから来なかっただけだろうし、そもそもついさっきではあるが行かないというメッセージは来ていた。

 それでも、昨日のことを思い出すと来て欲しかった気がしなくもない。だからといって強制するつもりはないが、寂しいような、悲しいような気持ちに苛まれる。

 こうなると、相変わらずやることが無くなる。となれば、いつもと同じく散歩に出掛ける。今日は学校の方向にはいかず、更紗とよく行く喫茶店にでも行ってみようかと思い外に出る。

 強い日差しがコンクリートを熱する。


「あっつ……」


 今年もまた、例年より暑いらしい。一体いつになったら例年通りの夏が来るのかは甚だ疑問だが、季節や天候に文句を言っても仕方ないだろう。

 暑さに負けてしまいそうなので早々に喫茶店に向かう。たまたま更紗がいてくれたらなー、なんてありえない希望を抱きながら。

 もう知り合いとも言える店員にコーヒーの注文をして、店をぐるりと見渡す。人が少ない時間だからか、その金髪はすぐに目に入った。


「更紗」

「げっ」

「そんな扱いあるか……?」

「な、なんでいる……」

「近所だから。お前こそなんでいるんだよ。電車乗るだろ」

「い、行きつけの喫茶店だし落ち着くからかなー」

「じゃあ、ここまで来れるのになんでうちには来れないんだ?」

「なんでだろうねー」

「棒読みやめろ……」


 理由はなんとなくわかっていた。だから言及もこれ以上はしない。

 ここにいるということは、来ようとしたが行けなくなった、というよりも行きたくなくなったのだろう。


「うん、とりあえず座ったら?」

「いいのか?」

「ここにきてどっか行ってよ、なんて言わないけど。無理にとは言わないよ?」

「いや、更紗がいいなら」


 いつもとは違う席だか向かいに座る。更紗はバツが悪そうにオレンジジュースを啜る。


「行かなくて、ごめん」

「いいけど。怒ってはないから。だいたい理由も想像ついてたからな。ただ、心配はしたから」

「……ん、ごめん」

「怒ってないって」


 その謝罪が来なかったことに対しての謝罪か、はたまた俺に心配をかけたことに対する謝罪かはいまいちわからなかったが、とりあえずあまり明るい表情ではない更紗にかける言葉を探す。


「まあ、あんまり気にしなくていいから。なんか勢いで口走っただけだし」

「それは無理」


 無理らしい。

 いつか俺がちゃんと伝えようと思っていた想いを、更紗は更紗なりにきちんと受け止めようとしてくれている。それは嬉しかった。


「祐介の方こそ、私のことは別に放っておいてもいいのに。ありがと」

「なにが」

「私に気を遣わせないようにしてる。本当はすぐ返事欲しいくせに、気にしなくていいとか言って」

「バレてることも知ってたから。その上で更紗が俺を頼ってくれてたなら、別に今更気にしてもらうようなことでもないからな」

「嘘ばっかり」


 あながち嘘というわけでもない。ずっと好意が知られていることも知っていたわけだから、それを伝えたところで別に何かが変わるとも思っていない。

 しかし、更紗はそうはいかないらしい。聞く前と後では、その立場が違うのだろう。


「更紗はどうしたい?」

「どう、とは?」

「わかってた話だけど、これで晴れて好き同士。だから、これからの関係をどうするかは更紗が決めてくれたらいい」

「これから、か……」


 考えなかったわけではないだろうが、おそらく纏まらなかったのだろう。それでも更紗なりになんとなくの道は見えているようで、悩むような素振りは微塵も見せない。


「……ぎこちなくていいから、今みたいなままでもいいから。もっと、近づきたい」


 更紗の出した答えは、告白の答えとしてはイエスだった。


「もしもこの関係が変わるとしても、終わるとしても、私はこのままなんて嫌。もっと祐介に近づきたいし、知りたい。傍にいてほしい。曖昧なままの付き合いなら、私は自分を見せて終わった方がずっといいな」


 その言葉を聞いて安心した。どうやら、考えは同じらしい。


「じゃあまあ、改めて」


 息を整えて、言葉を紡ぐ。


「俺と付き合ってください」

「……はいっ!」


 その笑顔は、昨日のものよりも輝いて見えた。

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