26.結局そんなことで

 今日は更紗は来ない。彼女にだって事情はあるし、それに俺が介入する権利はないから全くもって構わない。

 だが、理屈は置いておくとしても、感情は別だ。

 いつも傍にいた更紗がいなければ寂しさはあるし、心配もある。

 こういうときに、俺は決まって辺りを散歩する。意外とこれが気分転換になるのだ。

 コンビニ、スーパー、学校。

 ただの見慣れた風景ではあるが、何も考えずにうろつくだけなら意外な発見もある。例えば、スーパーに行くには駐車場を突っ切るよりも回った方が結果的に早く着くとか、そんな程度のものだが。

 学校といえば彩月はまた補習だろうか。朱音は部活をしているのだろうか。

 なんだかんだ、今年に入って関わりのある人が増えはした。それ自体が嬉しいというよりは、少しでも力になれることが嬉しいと言った方が近いか。


「ん……?」


 学校の傍を通り過ぎる瞬間、聴き慣れた曲が耳を掠めた。アリシアのデビュー曲、そして更紗が文化祭でやるといっていた曲。

 通り過ぎた場所を見てみると、体育館だった。






「げっ、祐介先輩」

「おはよう彩月」

「おはようございます。もう昼前ですけどね」


 今にも逃げ出しそうな彩月の手首を軽く掴むと、諦めたように力が抜かれる。ため息をつきながらも口を開いてくれた彩月は、さっさと行ってしまいたい様子だ。


「なんですか、急に手を掴んで。有栖から私に興味移ったんです?」

「違うわ。どこ行くんだよ」

「体育館ですけど」

「ちなみになにしてる?」

「女の子の秘密です」

「曲、聴こえてたけど」

「バレてるんじゃないですか。そのうえでカマかけるとか酷すぎません?」

「なんで俺に声をかけてくれなかったんだ……」


 少しだけ悲しくなる。別に、全ての行動を伝えて欲しいとかそんなことは考えてないし、そこまで重く捉えてほしいわけでもない。が、文化祭のことは一度相談を受けているし、何度か練習も見ている。


「あー、これ私から言うべきなのかな……」

「何か知ってるのか?」

「まあいっか。えっとですね、有栖は先輩に迷惑かけたくないんですよ。『ずっと見ててくれたから、たまには一人でのんびりしてくれたら』って言ってました」

「……そっか。ありがとな、彩月」

「なんですか気持ち悪い」

「お前、さては俺の事嫌いだな?」

「なんでそうなるんですか。ほんと二人揃って面倒くさいですね、まったく」


 面倒くさいというよりは、次は呆れたようにため息をつかれる。

 正直、未だになぜ彩月が更紗と仲良くできているのかはわからない。が、それは置いておいても彩月が更紗のために色々していることはわかっているし、それ自体はとても助かっているのだ。

 彩月について体育館へ向かう。

 そこにいたのは、見慣れた金髪を振り乱して踊る更紗だった。


「呼んでくれてもいいだろ」

「……三上?」


 疑うような視線を向けられた彩月はすぐに首を横に振り、生贄でも捧げるように俺を前に出す。俺の扱いがあまりにも酷いことには目をつぶっておき、事情を軽く説明する。


「つまり、たまたま通りかかったと」

「そういうことだ」

「それならまあ、いいけど」

「歯切れ悪くないか?」

「そりゃ悪くもなるよ……」

「俺は別にお前に付き合ってやってるわけじゃなくて、ただ俺が好きでお前の手助けをしてるだけだぞ?」

「……ん。そういうの全部知ってるよ」


 俯いて、それから微笑んで。

 彼女の今の最大の笑顔を見せながら、更紗は大きく頷いた。


「来ちゃったものは仕方ないし、見てもらおっかな」


 その言葉を待っていたように音楽が流れ始める。彩月の仕業だということはすぐにわかったが、この際それはどうだっていい。

 完璧とは遠いけれど、見ている人を元気づけるようなダンス。一生懸命とはこれほど人に力を与えられるものらしい。

 たった一曲がとても長く感じられて、それなのにあっという間に終わってしまった。


「ね、祐介。ハイタッチ」

「えっ?」

「えっ、じゃなくて。ハイタッチしよ」

「お、おう……?」


 ぺち、と。気の抜けた音。

 それでも更紗は満足そうに、少しだけ痛そうに右手を見つめていた。

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