25.阿澄祐奈と、熱狂的ファン

「来ないじゃん」


 友人と待ち合わせをしている喫茶店で、待ち合わせ時間からはや10分は待った。

 いや、別に怒っているわけではない。というか、待ち合わせしているふたりのうち、片方は友人と呼べるのかすらわからないのだから、怒る義理もない。

 有栖川更紗。あたしの大好きな親友。

 とある事情で笑うことが出来ないけれど、それでも毎日を楽しく過ごせているらしい。

 そして、石間祐介。

 あたしの大好きな更紗の大好きな人。優しい人で、更紗が惚れるのもわからなくもない。


「まあ、どっかでイチャついてるならいっか」


 あたしは2人には幸せになって欲しいのだ。

 だって、辛すぎるじゃないか。

 もし更紗がこのまま報われなかったら。もし祐介さんの努力が全て無駄になったら。そんなの酷すぎる。

 だけど、あたしに出来ることなんてもうない。

 少しづつ、だけど確実に歩みを進める2人の間に、私はもう入ることは出来ない。入りたくもない。

 そんなことをごちゃごちゃと考えていると、見覚えのある、というかもはや最近はよく見る横顔が目に入る。


「おーい、祐介さ……ん……?」


 気づいたときにはもう遅かった。祐介さんだと思って声をかけた相手は全く知らない人で、ものすごく驚いたような顔をしている。

 いや、完全にあたしを知ってる顔だ。


「ご、ごめんなさい。人違いでした」

「で、ですよね。あは、は。いや、あの。えっと」

「あの、落ち着いてください」

「いや、その、すません。推しが目の前にいるんです」

「えっ? あ、ありがとうございます」


 近くで見てもよく似ている。輪郭や雰囲気なんかは、祐介さんそっくりだ。


「ところで、祐介って?」

「あ、いや。友人といいますか、友人の想い人といいますか。あ、これ言ったら怒られるんですけど」


 なぜか楽しく会話を成立させようとしてしまった。

 あたしは更紗と違って、祐介さんのようなファンはいなかった、と思う。けれど、ここまで応援してくれていたなら、頑張っていた甲斐はある。


「有栖川更紗か……」

「えっ?」

「いや、弟なんです、祐介」

「……ええ!?」


 いや、えぇ……。

 そりゃ、似ている点も兄弟だと言われれば納得はいく。けれども、どんな偶然だ。


「でも、待ち合わせはもう過ぎてるような……? 2人とも遅刻なんて珍しいし……なんかあったのかな」

「……せっかくなんで、少し話します? あたしの暇つぶしに付き合ってもらう形になりますけど」

「……えっ? いいんですか?」

「はい。お願いします」


 祐介さんのお兄さんは引き攣った笑みで会話をしてくれた。

 更紗と祐介さんの距離感を見ていると緊張しすぎな気もするが、これが普通なのだろう。


「そういえば、祐介さんっていつもああなんですか?」

「ああ、とは?」

「自分のこと後回しにしがちな性格」

「ああ、そういうこと。それはそうですね、あいつはずっとそうです。でも、だから嬉しいんですよね。みんなに優しくしてしまうあいつが、誰かひとりのために頑張ってるのって」

「誰かひとりって、更紗のことですか?」

「笑えないって聞きました。その話をしたとき、ちょうど祐介と喧嘩してたんですけど、なんていうか、絶交ぎりぎりまでいってたはずなのに、私には祐介がいてくれるから、みたいな顔して」

「ああ……」


 そんなことがあったのか。

 起こりかねない事だとは思っていた。祐介さんはなぜか異様なまでに自己評価が低いのだ。更紗の力になれているということを、祐介さん自身が一番知らない。

 だから、少しからかいたくなるのは仕方ないことなんだと思っている。

 そして逆に、更紗は祐介さんをしっかり評価している。やりすぎではないが、その真っ直ぐすぎる好意を、信頼を祐介さんは多分受け取れなかった。だいたい予想はつく。


「あの、お願いがあるんです」

「はい?」

「あたしじゃ、2人を守ることはできませんし、手助けをすることもできません。だから、お願いします。2人のこと、守ってあげてください。2人だけなら、きっと壊れてしまうから」


 自分の声かどうか疑わしいくらい、変な声だった。

 だけど、お兄さんはちゃんと聞いてくれた。優しく頷いてくれた。


「でも、僕だけじゃ無理です。まともに恋愛したことないから2人の悩みとかわかんないし」

「いや、あたしも恋とか分かりませんけど……いやまあ、2人の悩みってそこですよね」

「悩み?」

「「うわっ!?」」


 いつの間にかそばに来ていた更紗が、ジト目でこちらを見ていた。そりゃそうだ、組み合わせが謎すぎるから。


「何の話ですか、お兄さん」

「お兄さんか。祐介が16、今年で17だから早くても来年かな」

「ち、ちがっ……! そういう意味じゃなくて!」

「どうした更紗……って、兄さん!? どんな組み合わせだ!?」

「たまたまだよ。あたしが間違えて声かけちゃって」

「どんなたまたまなんだ……」


 2人が困惑の表情を浮かべている間に、あたしはお兄さんに一言だけ伝える。


「少しづつ進んでるみたいですね、この2人も」

「みたいだ。僕らが手を貸すまでもないかもしれませんね」


 ああ、そうだろう。そうかもしれない。

 あたしとお兄さんは、特になんの意味なく顔を見合わせて笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る