24.after.彼の匂いと、その温もりと
祐介の家を出た一時間後の話だ。
「やばいやばいやばいやばいやばい」
私はなにをやっているのだろう。
確か今日は、文化祭のダンスの練習をしていただけのはずだ。それがどうして、私は家に帰っても祐介の匂いに包まれているんだろう。
いや、匂いに包まれているってなんだ。
なにがともあれ、この状況は非常にまずい。おかしくなってしまいそうだ。
一人でベッドで悶えているこの状況も世間体的にはまずいのだろうが、今はそんなことを考えている余裕なんてない。とりあえずこの変な気分を抑えないことには、落ち着くことも出来ない。
「はぁ……はぁ……」
少し暴れ疲れて、冷静になれる。
別に嫌では無いのだ。というかむしろ、祐介のTシャツを着て過ごすのは幸せに近いなにかがある。
それはそれでおかしいのだが、この際それはどうだっていい。問題なのはこの気分をどうにかしなければいけないという事だ。
しかし、どうにかしなければいけないというわかっているのになぜかどうにもできない。服に顔を埋めたりしてしまっている。
「駄目駄目駄目駄目。なにやってるの私。いやほんとに。いや別に祐介の匂いが好きとかそんなの全然ないしていうか彼女でもない女の子に着てた服貸す祐介も祐介だし別にこれ私がおかしくなってるのもおかしくないんじゃない?」
答えのない問いかけをぶつぶつ呟いて、ため息をつく。
「誰に言い訳してるの。好きでしょ、祐介のこと」
そうだ。私は祐介が好きだ。
それが恥ずかしいことだなんて全く思わない。なんなら今こうして祐介の服を着て悶えているのを見られることに関しても問題は無い。いや、無いことないけど。
「……私、笑えるようになったんだ」
私はなにもしていない。これも全部、祐介のおかげだ。
彼がそばにいてくれて、悩んでくれて、優しくしてくれて。そんな日々が、多分私の穴を埋めてくれるんだと思う。
だから、このTシャツも私の穴を埋めるためのもので。
「無理があるから!」
一人でボケてツッコミ。
もはやなにがしたいのか私自信でもわからなくなる。
スマホが振動する。そんな状態の私を知るはずもない祐介からの着信だ。
「も、もしもし!」
『声でか!?』
「あ、いや、ごめん……」
『いいけど。一応メッセージ送ったけどなかなか既読つかないから心配しただけ。いつも30分くらいしたら見てたから』
「あ……」
言われて確認をする。
悶えていたので気づかなかったが、祐介からは確かにメッセージが来ていた。『帰ったら服着替えてシャワー浴びろよ』とか『それと、服は別に洗わなくても明日そのまま返してくれて構わない』とか。
「洗わなくても……?」
『返してくれたらそのまま洗う』
「あ、ああ、なんだ。着るのかと思った……」
『っ!? 馬鹿か!?』
さすがにそれは恥ずかしい。
でも、仮にこのまま返したら祐介も私と同じようなことをして、同じような状況になるのだろうか。少し気にならない訳では無いけど、やはり自分の匂いがついたまま返すのは恥ずかしい。
とりあえず、心配してくれたことへの感謝を伝える。
「ありがと。心配しなくても、私はちゃんと家に着いたよ。ちょっといろいろあってメッセージ見てなかっただけ」
『みたいだな。こっちこそごめんな、変な理由で電話はかけて』
「ううん。心配してくれてたわけだし、全然迷惑じゃなかった」
『そっか』
「えっと、じゃあ私は着替えるから、切るね」
『えっ』
「ん?」
『……一時間、ずっと着てたのか?』
「うん」
『なんかしたか?』
「えっと、匂い嗅いだ……り、してないから!」
『お、おう。そっか、とりあえず切るから』
若干焦ったように切られてしまう。
「明日、どんな顔して会えばいいの……?」
好意がバレているのはわかっている。それでも、やってることはなかなか危険だ。一歩間違えれば、もし祐介が私の服でやっていたなら犯罪だ。
「き、着替えよ」
もし祐介が私の匂いを嗅いだら、なんて。
そんなとんでもない想像をしてしまい、私は慌ててTシャツを脱ぎ捨てる。
着替えて、もう一度寝転んだベッドにはほんの少しだけ彼の匂いが残っていた。
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