24.そばにいてくれるから

 俺の部屋で、懐かしい曲が響く。もう聴かないとまで思っていた大好きな曲。


「はぁ……はぁ……」

「休むか?」

「いや……まだできるよ!」

「わかった。お前がそう言うなら」


『star shine』

 アリシアのデビュー曲。同時に、俺が一番好きな曲。

 そして、更紗が文化祭で踊る曲だ。

 夏休み前に相談を受けてから俺も気にしてはいたが、それ以上に更紗本人もそのことを気にしていたらしい。いろいろとあったため相談できなかったらしい。

 曲が流れ始める。やはり部屋では動きが制限されてしまうが、更紗はアリス本人だ。開けた場所でやってしまえば、軽く騒ぎになる可能性もある。

 長いようで短い曲。10回目が流れ終わる。


「なんか違う。なんだろ」

「動きは別に悪くない。やっぱり、その足りないのは仕方ないだろ」

「うん……うん、わかってる。今はどうしようも無いことくらいわかってるよ。だけど、そうじゃない気がするんだ」

「笑顔以外に足りないものが? まあ、言われてみればなんか味気ないかもな……」

「でしょ。やっぱり足りないものがある気がするんだ」


 しかし、それに関しては多分更紗にしかわからない。ずっと彼女を見てきた俺にも、なにが足りないのかわからないのだ。


「ちょっと、顔はほっといてね」

「うん? なにするつもりだ?」

「全力で笑う」


 そう言って、更紗はにっこり、とはできないまま、それでも彼女の全力の笑顔を見せた。そして、気づいた。

 少しだけ。ほんの少しだけだが笑みになっている。今までの、ただ頬を引き攣らせているだけではない、本当の笑み。


「お前……」


 更紗は歌って踊ることに夢中で、そのことには全く気づいていない。ただ楽しそうに踊っているようにしか見えない。


「ありがとー!」


 聞きなれた台詞だったが、何かが違う気がする。

 本当に誤差の範囲なのに、言われてから違う気がしてならない。


「なんだろうね……」

「でも、変わったよ。笑えてるし」

「……えっ!?」

「微笑む程度だけど、ちゃんと笑えてる」

「ほ、ほんとに? 鏡、鏡貸して!」

「えーっと……はい」


 手鏡を渡すと、本当に少しだけだが笑みが浮かぶ。少しだけの、それでも精一杯の笑顔。


「やった! ありがとう祐介!」

「まあ、ほんとに何もしてないんだけどな」

「またそう言う。祐介が私の為に頑張ってくれるから、私も祐介の為に笑おう、って……」

「どうした?」


 なにかに気づいたように動きを止める。

 そして、嬉しそうに跳ねて、もう一回とジェスチャーを取る。

 そのジェスチャーの通りに曲を流す。


「……これだ」


 それは、とびきりの笑顔ではないけれど。

 それでも、更紗ができる最大の笑顔を浮かべながら、彼女は呟いた。


「これだよ、これ! どうだった!?」

「完璧。問題なし」

「っ! やったぁ! ありがと!」


 嬉しそうに、楽しそうに。

 笑みを浮かべられるようになった更紗は、それを存分に振りまいてくれる。


「でも、なにが違ったんだ?」

「結局、気持ちかな。忘れてたみたい。誰のために歌って踊るのか」

「なるほど。で、誰のためなんだ?」


 アイドル精神を聞きたくて尋ねてみると、更紗は一瞬だけ考えて、そして無表情に戻った。


「当ててみてよ」

「友達か、ファンか、はたまた文化祭で見る人達か。いや、違うな」

「祐介には難しい問題か……」

「俺だろ」


 わかりきっていた答えを伝える。

 おそらく正解なその答えを聞いて、また一瞬だけフリーズする。そして、複雑な心境を顕にしながら、やっと口を開いた。


「……正解」

「だろうな」

「な、なんでわかったの? ていうか、よく自分だって思えたね?」

「お前が俺のこと好きなのも知ってるから」

「す、好きじゃないから!」

「そっか」


 そんな照れ隠しをされてもさすがに誤魔化すのは無理だ。

 とりあえず、今日はよく頑張っただろうと思い、更紗に飲み物を持ってくるために部屋を出ようとする。が、服の袖を掴まれてしまい、無理に動くことはできなくされてしまった。


「ちょっと話そ?」

「いいけど、疲れてないか? 暑いし、汗だくだし。ああ、俺の服貸そうか? そのままいるのも嫌だろ」

「ゆ、祐介の服?」

「嫌なら他の服探すけど」

「え、あ、いや……貸してください」

「わかった。ちょっと待ってろ」


 あまり大きくても着づらいだろうし、なにより俺が目のやり場に困ることになりそうなので、なるべくぴったり合うものを探す。

 更紗は同年代の女子と比べると、少し小さい。加えて、俺は平均的な体格をしているので、服のサイズを合わせるのは無理だ。

 クローゼットの中のものではサイズが合わないだろうと思ったところで、今自分が来ている服を見てみる。


「あー……あのさ、更紗。クローゼットの中のじゃ体格的にきついんだよ」

「あ、そうなんだ。別にこのままでも大丈夫だよ」

「でもな、俺が今着てる服はわりと小さい」

「は、はぁ!? そ、それを私が着るの!?」

「さすがに嫌だよな」

「いや、嫌じゃないけど……ううん、着ます。着させてください」

「……いいのか?」

「そ、それしかないし」

「そっか。助かる」


 服を脱いで更紗に手渡し、俺は代わりの服を来て部屋を出て、更紗が着替えている間に飲み物を準備しておく。

 準備をして戻ると、部屋のドアは開け放たれていた。


「あぅ……」


 小さいと言ってもそれは俺から見たもので、やはり更紗が着ると大きい。


「暑くないか?」

「わかんない……いや、ごめん……ちょっと話したかったけど帰るね……無理……」

「えっ? あ、ああ。麦茶いれたけど、飲んでから帰れよ? 汗かいたし、脱水症状とか怖いからな」

「ありがと。服は洗って返します」

「わかった。じゃあ、また明日な」

「うん」


 更紗を見送って、ドアを閉める。


「……あーー!!」


 なぜ自分が着ていたものを着せてしまったのだろうか。嫌じゃないというのは本心だろうが、それを着せるのは間違いでしかない。

 それにそもそも俺の服を着せるのがどうなのだ。たとえ洗って返されても、俺はそれをまともな理性で着れる気がしない。

 そんなことをごちゃごちゃと考えて、わかったことは俺は馬鹿だということと、照れる更紗には悪戯をしたくなるということくらいだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る