23.よくわからない距離感だけど
「なぁ」
「ん?」
「夏休みだし、別に無理して俺といなくてもいいんだぞ? 彩月とか、友達もいるだろ」
「好きでいるからいいの。こっちこそ、毎日呼び出してごめんね?」
「基本暇だからいいけど」
「それでも、ありがと」
あれから数日、更紗は毎日のように俺を呼び出しては、他愛もない話をしていた。あの日から、心做しか距離が近いような気がする。
なんとなく嬉しいような、照れくさいような距離が心地よくて楽しい。
こうして喫茶店でのんびりと過している時間が楽で、そうこうしていると少しだけ大切なことを思い出す。
「そういえば、この前の話だけどさ」
「この前?」
「ああ。俺たちがまあ、ちょっと揉めたときの」
「っ! な、なんかあったっけ!」
「あっただろ。つかお前が逃げるからちゃんと最後まで言えなかったんだろーが」
「知らないけど。私なにも知らないけど」
「嘘だろ……」
「うん、だからなし。今から祐介が言おうとしてるのは聞きたくないからなし!」
「えぇ……」
さすがに俺の気持ちにも気づいているようで、そのくせそれを聞こうとはしてくれない。
もしかすると、更紗はそういう好意を持ってくれているわけではないのかもしれない。それなら、告白なんてなかなか恥ずかしい。
「まあ、後々でいいか」
「うっ……なんかごめん」
「なにが?」
「ううん。なんでもないってことにしてくれるとありがたいかな」
「そうか。お前がそう言うならそれでいい」
「ちゃんと、いつかちゃんと聞くからさ」
「はいはい」
そんなに急いてやることでもない。どうせバレていることを伝えるのなら、お互いの都合のいいタイミングで構わない。
コーヒーを飲み干し、気分を切り替える。
更紗は可愛らしくオレンジジュースをストローで飲んでいて、その顔はそれなりに赤くなっている。
「可愛いな」
「っ、げほっ!」
「ごめん」
素直な気持ちを伝えたらむせられてしまった。
元はアイドルなのに可愛いという言葉に狼狽えているのは些か問題があるのではないかと思わないでもないが、その辺はきっと彼女なりの境界があるのだろう。
「ほんとやめて。そういうの急にされると、無理」
「無理?」
「心の準備とかいろいろあるの。私が今すぐ、その、キスしろとか言ったらできる?」
「多分」
テーブルから身を乗り出して、更紗の顔の目の前まで顔を近づける。
近づいてみると赤みが深まり、焦っている様子が伝わってくる。
「す、ストップ! 無理! 駄目! ま、また明日!」
勢いよく席を立ち上がった更紗はそのままの勢いで喫茶店から立ち去って行った。いつもは会計をさせろと横に最後までいるので、よほど恥ずかしかったのだろう。実際俺も恥ずかしい。
「さて、と。帰るか」
立ち上がると同時に、スマホの通知が鳴る。
『会計、明日でもいいかな。あとなし! ほんとこういうのなしだからね!』
「明日も会うんだな」
その当たり前になりつつある日常が少しだけ嬉しかった。
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