22.傍にいる、その理由

「おい祐……」

「更紗」

「は、はい」

「……話があるから、ちょっと来て欲しい」

「えっ?」

「……さっきのこと。兄さんも部屋に戻っててくれ」

「わかった。けど、もう泣かすな」

「……大丈夫だ」


 不安そうな、疑うような視線を受けながら、俺は更紗の手を引いて自室へ。泣かすなと言われても初めから泣きそうな更紗を、部屋に入ってすぐに抱きしめる。


「……ぇ……」

「ごめん」

「また謝るの?」

「これは、その。さっきの話のごめん」

「……私の気持ち、気づいた?」

「それは気づいてた」

「えっ」

「意外とわかりやすいからな」

「うぅ……」


 だんだんと、更紗の顔があるあたりの服が湿っていくのがわかる。


「お願いだから、祐介だけは私の傍にいてよ」

「……ごめんな。俺も、どうしたらいいのかわからなくて。力になれてると思ってたけど、それは本当は更紗本人の力で、結局俺はただ傍にいるだけで。それでも俺はお前の傍にいたいと思ってしまってるんだ」

「違うよ。全部、全部祐介のおかげ。私があるのは全部」

「そうだといいな」

「そうなんだよ。私なんて、祐介がいてくれないときっと一人で生きていくことも出来ない。私は弱いから。だから、誰かが守ってくれないと歩いていけない」

「お前は強いよ。俺なんかよりずっと」


 そう伝えると、更紗は俺を力いっぱい押してきて、ベッドに押し倒す。

 一体どういうことなのかを把握しようと頭を回すが、全く理解できなかった。


「私も弱いよ。互いに弱いから必要なんだって気づけた。だから、私の傍にいて。たとえ祐介がほんとに私の助けになれなくてもいいの。私は祐介がいてくれたら、ほんのちょっとだけ頑張れるから」

「……ああ、そっか。そうなんだよな」


 今まで、何もやろうとしなかった俺が更紗を助けようと思えた理由が、やっと少しだけわかった気がした。

 自己肯定感とか、そんなことじゃなかったのかもしれない。俺はただ更紗の傍にいたかっただけ、そんな身勝手な理由で彼女の苦しみを利用していただけかもしれない。

 それでも、まだ俺は更紗の隣にいたいと思ってしまっている。


「祐介は、どう?」

「傍にいてもいいのか?」

「私はいてくれないと困る」

「俺なんかで、ほんとにいいのか?」

「うん。祐介じゃないと駄目なんだよ」

「……ありがとう」


 吐息がかかるくらいの至近距離で見つめ合う形になり、だんだんと更紗が顔を近づけてくる。


「……っ」

「ストップ」

「ご、ごめん!」


 勢いよく飛び上がった更紗は、慌ただしく壁際まで退き、座り込んで顔を隠す。そこまでされるとさすがに申し訳なく感じるが、勢いでしていいことと悪いことは区別しなければいけない。


「ごめんね、そんなつもりじゃなかったの」

「いやいいんだ。ごめん」

「うん……」


 なんとなく気まずい空気が部屋を包む。


「その、だな」

「うん」

「俺も……」

「ま、待って! 今は無理!」

「えっ」


 部屋から飛び出した更紗は、そのまま家から走って出ていった。

 慌てて追いかけてその背を見送った俺は、ほっと息をつく。たった数時間の時間が長く感じて、重く感じた。それも全て俺のせいなのだが、そこにはあえて触れないでおく。


「仲直りできたのか……?」

「まあ、多分」

「で、今度は何した?」

「告白しようとしたら逃げられた」

「マジかよ」

「まあ、その辺はおいおいやっていくよ」

「お前のペースでやっていけばいいさ。僕は祐と有栖川の味方だよ」

「……なんか、迷惑かけて悪かったな」

「弟の面倒見んのは兄貴の仕事だからな」


 ぽんぽん頭を叩く兄さんは少し楽しそうだった。

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