21.私はあなたにとって

「……最悪」


 駄目だ、立ち直れる気がしない。

 私が祐介を頼りすぎてしまったのだろうか。もう私の傍にいるのは嫌なのだろうか。

 私の好意を。重すぎるくらいのこの気持ちを知ってしまったのだろうか。

 わからない。わからなかったから、私は彼に感情をぶつけることしかできなかった。伝えたかったことを何も伝えられなかった。祐介は私の支えだよって、そう言うことが出来なかった。

 いや、きっと彼は本当に自分が何も出来ていないと思っているんだろう。そういう人なのは、この短い時間の中でも十分に知った。

 それでも、私にとっては辛い言葉だった。

 私の心に同情でもするように降り注ぐ雨は、よりいっそう私の気持ちを翳らせる。


「アリスさん!」

「ぁ……」

「風邪ひくから、とりあえずそんなところに立ってないで早く」


 手を引かれて、雨が当たらない場所へ。

 お兄さんは焦ったようにぶつぶつと言っていて、しばらくして私がアリスと呼ばれたことに気づく。


「私のことアリスだって気づいてたんですね」

「そんなことはどうだっていい。早く帰ろう」

「……いいんです。あの人にとって、私はあまりいい存在じゃないんで」

「本気で言ってるのか?」

「えっ?」

「あいつが心を閉ざしたのも、あいつが心を開いたのも、全部有栖川更紗って一人の女の子がいたからなのに、それを他でもないアリスさんが言うのか?」

「だって、あんなこと言われたらどうしたらいいのか……」

「馬鹿だよ、どっちも」


 わりと強めの力で私の頭にチョップをしてきたお兄さんは、その手で私の頭を撫でる。どこかの誰かさんが、照れ隠しにした撫で方によく似ている。


「不器用すぎるんだよ」

「そうかもしれませんね」

「かもじゃないよ。確実に不器用だ、ふたりとも。こうやって僕が仲裁しないといけない程度には不器用だ」

「……ごめんなさい」

「まあこれは完全に祐に非があるから。でも、あいつもあいつなりに頑張ってることはちゃんと認めてやってほしい。僕が言うことでもないけど、アリスさんのために、珍しく一生懸命になってるんだ」

「はい。知ってます」


 その努力は知っている。その優しさに触れて、私は彼に惹かれてしまっている。そして、だからこそ私は彼から離れるべきなのかもしれないなんて思ってしまっている。


「アリスさんは……」

「あの、有栖川か更紗でいいですか?」

「ああ、ごめん。じゃあ有栖川は、祐といて楽しかった?」

「それは、もちろん」

「これから、祐といれなくなったらどう?」

「……嫌、です」

「なら大丈夫だ。それだけわかってたら十分。有栖川が祐と離れる必要なんかないよ」

「……はい。ありがとうございます」

「じゃあ帰ろう、と言いたいところだけど、多分あいつもごちゃごちゃしてるだろうから、ちょっとだけ回り道でもしよう。せっかくだから、昔の祐の話でもしようか?」

「あ、聞きたいです」

「食いつきがいいね。じゃあ、小学校くらいかな。まあそのときから朱音ちゃんしか友達はいなくて。あ、朱音ちゃんっていうのは……」

「知ってますよ。三澤朱音先輩」

「あ、そっか。じゃあ……」


 こんな兄がいたら、もしかしたら私は何も悩まなくてよかったのかもしれない。だけど、もし。もしも祐介が私のお兄ちゃんだったら、私はきっともっと脆かっただろう。


「……大丈夫」

「はい。ありがとうございます。私はもう大丈夫です」

「ほんとしっかりしてるなぁ……」

「いえ、そんなに。未だにぬいぐるみ集めてるくらいには子どもですよ」

「それ、祐に言ってあげなよ」

「あはは……」


 絶対に言わない。きっと祐介は笑うわけでもなくからかうわけでもなく、ただ『そっか』って私の話を聞いてくれるから。それで、こんな話を切り出すんじゃなかったって後悔するのは私の方なのは目に見えている。


「あれ、表情が……」

「ああ……話してなかったんですか。私、笑えなくなって」

「えっ」

「アリシアが解散したのもそのせいっていうか。ごめんなさい、祐奈にはちゃんと、『熱狂的なファンがいる』って言っときますから」

「それはいいけど……なら尚更、よく頑張ったね」

「……似てますね」

「僕と祐が?」

「はい」


 特によく褒めるところ。そこはさすが兄弟というべきか、本当に同じだ。


「まあ、僕は祐みたいに好かれることはなさそうだけど」

「それは、その」

「わかってるわかってる。怒ってるわけじゃないから」


 楽しそうに笑うお兄さんは、よく知った手よりも少し大きな手で私の頭を撫でた。

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