17.少しだけ大事な話

 夏の蒸し暑い日、夏休みということでのんびりと過ごす予定だった今日だが、今日はとある人物に呼ばれている。


「あ、いたいた。おはよ、祐介さん」

「おはよう祐奈さん」

「祐奈でいいよ。なんかこそばゆいから」

「わかった、ならそれでいく」


 呼び出してきたのは阿澄祐奈。なんでもちょっとだけ大事な話があるから喫茶店集合で話がしたいとのことだった。おはよう、という挨拶を交わしたが別に早朝ではないし、むしろ昼に近い。

 それなりに暑いのでさっさと店に入り、テーブルへ案内を受ける。

 変装なのか、彼女は服の中に明るめの髪を入れたうえにキャップを被り、マスクまでしている。逆に怪しい服装だが、言及されない限りはバレないだろう。

 時間が無い訳では無いが、要件が気になったので話を始める。


「で、大事な話ってのは?」

「あー、うん。花蓮のこと」

「ああ……随分と嫌われてるみたいで」

「嫌いっていうか、多分あの子なりの更紗への想いなんだよね。まあ話ってこれだけなんだけど」

「マジか」


 一分もかからずに終わってしまった大事な話。それは俺もわかっていたことだから別に文句を言うつもりはないし、そもそも俺よりも長くいたアリシアの2人に対して、更紗のことをとやかく言うつもりもない。俺は俺なりのやり方であいつを支えていくつもりなのだ。


「あの子も不器用だからなかなか上手くやれないんだよね。でも、更紗を元気づけようとしてるのはわかってあげてほしい。あの態度を許せって言うつもりはないけどね」

「そんなことわかってるよ。大丈夫、別に気にしてもないし」

「えっ?」

「当たり前だって。俺は祐奈よりも花蓮さんよりも更紗のことを知らないし、傍にいた時間も少ない。だから2人が言ったことを否定する気もないし、する権利もないんだよ」

「ど、どういうこと……?」

「あー、まあ要は俺は俺で更紗の隣にいるからってこと」

「……そっか。ありがとね」


 何故か感謝されてしまったが、それが俺の義務であって、俺が更紗と一緒にいられる口実だ。我ながら不純な動機であることはわかっている。


「ところでさ、更紗って最近可愛くない?」

「ん? まあ、元から可愛いとは思うけど」

「いやまあそうなんだろうけど……好きな人でもできたのかなーって思ってさ」

「……好きな人」


 心当たりがない。更紗の近くにいる男なんて見かけたことがない。待て、冷静に考えれば俺といない間に男と会っていてもおかしくない。


「身近な男の人とか、知らない?」

「身近……」


 俺に聞くのかそれを、と思いはしたものの、口には出さないでおく。


「そもそも俺以外に更紗の周りに男がいるのを見てない」

「ふむ、なら身近な男の人は一人か〜」

「いやだからいないって」

「おい。自分の性別は?」

「……いやいや、ないから」

「なーにを根拠に言ってるの。ほら、そろそろ更紗も来るから聞いてみれば?」

「私がなに。悪口?」


 振り向くと、そこには小柄な金髪が呆れた顔で立っていた。おそらく祐奈からはその姿が見えていたんだろう、にやにやと笑っている。


「悪口じゃない」

「うん、知ってるけど。いないところで話されるのって、なんか嫌だな」

「ごめんな」

「ううん。ところで、私と祐奈、祐介、あと三澤先輩。これどういう組み合わせ?」

「あ、うん。あたしは朱音と遊びに行くんだよ」

「えっ」

「私たち2人だけだからね。祐介は有栖川ちゃんをしっかりエスコートしてやんなよ?」

「いやおいおいおい……」

「じゃ、自分の分は払うから。またね!」


 怒涛の勢いで去っていった2人を止めることも出来ず、俺と更紗は顔を見合わせる。


「えーっと、どうする? 帰る?」

「どっちでも構わない」

「……あのさ、もし暇ならデートしない?」

「デート」

「そう、デート。でぃー、えー、てぃー、いーのデートね」

「馬鹿にしてんのか」

「してないけど、なんか行ってくれない気がして」

「別に、行くよ。お前の頼みだったら」

「……そっか。ありがと」


 おそらく笑ったであろうその表情は、笑顔とは程遠いけれど本当に嬉しそうな笑みに見えた。

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