16.夏休みの初めはのんびりと

「祐介、これなんてどう?」

「いいと思う」

「23回目のいいと思うをありがとう」

「ほんとにいいと思ってんだよ」


 夏休みに入って、俺は早速朱音に連れ回されていた。試合があったりして、遊べるときはしっかり遊んでおきたいらしい。


「あ、あれも可愛い」

「あれは……お前には似合わなくないか?」

「あ、ほんと? ならやめとこーっと」

「着てみてもいいと思うけど」

「ううん、祐介の勘を信じよう」

「その信頼怖いな」


 朱音の俺に対する信頼は嬉しいものの、俺は驚くほどにファッションセンスというものがない。多分母親の体内に置いてきたんだろう。

 朱音との微妙な距離感の差を感じながらも、俺はその時間をなんとなく楽しめていた。ずっと更紗のことを考えていたからというのもあるだろうし、なにより唯一の親友と出かけるのは楽しいものだ。


「おやおや、祐介さんじゃん。久しぶり」

「祐奈さんか、久しぶり」

「あ、阿澄祐奈!」


 朱音は、初めて更紗と見かけたときよりも興奮気味だった。そんな興奮気味な親友に声を落とすように伝え、祐奈さんの隣を眠そうに歩く更紗にも挨拶をする。


「おはよう」

「はよ……」

「相当眠そうだな……」

「ご、ごめんね更紗。次から集合もうちょっと遅くするから……」

「いいけど……花蓮も楽しそ……あれ、花蓮は?」

「なんか夏服見に行くってどっか行ったよ」

「そっか。でも、ほんとに眠いな……」

「うーん……あ、祐介さん背中貸してあげたら?」

「俺か?」


 更紗の方を見ると、こくこくと首を縦に振っている。どうやらどこでもいいから寝たいらしい。しかし、おぶられて寝るというシチュエーションには少しばかり問題があるような気がする。


「それじゃあ、祐介さんと、えーっと……」

「三澤。三澤朱音です」

「朱音さんも一緒にショッピングする?」

「まあ、そっちさえよければ。更紗、乗れるか?」

「大丈夫。ごめんね」

「構わない。にしても軽いな……」

「ん……すぅ……」

「悪いことしたなぁ……」

「気にすることもないんじゃないかな? こいつ、なんかいろいろと悩んでたみたいだから」

「祐介がいたから元気そうではあったけどね」

「おい朱音」

「ほほ〜」


 なんとも言えない、やりづらい視線を向けられる。なるほど、朱音と祐奈さんは少し似ているかもしれない。

 すやすやと背中で眠る更紗を起こさないように、俺たち3人は静かに談笑を楽しむ。俺の事、更紗の事、これからのこと。話の話題は転々として、そしてこの場にいなかった一人がやってきた。


「祐奈、更紗は大丈夫……石間さん」

「ここでも名は知られてるのか……花蓮さん」

「……どうも。更紗を降ろしてもらっても?」

「いや寝てるんだけど」


 アリシアの元メンバーの一人、椎名花蓮。どうやら嫌われているらしいが。更紗は以前から俺のことを覚えていたようなことを言っていたので、別に知られていることも不思議ではない。嫌われた原因については検討もつかないけれど。


「私としては、あなたには出来れば更紗と関わってほしくはないのだけど」

「ちょっと花蓮」

「黙って」

「いいよ祐奈さん」

「……うん」


 止めに入ろうとする祐奈さんと、後ろでどうすることも出来ないでいる朱音を下がらせて、俺は話を聞く姿勢をとる。


「この子にとって、あなたは大きな存在なの。あなたがアリスの一番のファンだった、それは変わらない」

「一番かどうかは知らないけど、俺がこいつにとって大きな存在だったことに関しては一応聞いてるよ。でも、それならどうして俺を遠ざけようとする?」

「この子にアイドルなんて無理だったの。せっかく普通の女の子に戻れたのよ? なら、ただの女の子として普通に過ごさせてあげて」

「普通、か」


 笑えなくて、いじめられて、たった一人で頑張ってきた女の子が普通なのか。俺にはその判断はできないし、するつもりもない。俺にとって有栖川更紗は一人の友人で、想い人だから。

 ふと、視界の端にあった金髪が揺れる。更紗のものだ。


「違うよ」

「……更紗まで」

「私は普通なんかじゃない。普通でありたいとも思わない」


 「降ろして」という更紗に一言「嫌だ」と伝えると、困惑の声を出される。この議論に関しては更紗の気持ちを伝えてくれるのが一番早い。


「アイドルをやってて悲しかったこともあったよ。悔しかったことも、辛かったこともいっぱい。だけどさ、2人がいたから、ファンがいたから、祐介がいたから。私はアイドルをやってて後悔したことは一回もないよ」

「……更紗」

「だからさ。私の大好きな祐介を花蓮ももうちょっと見てほしいな」

「なっ……」

「……そう。更紗も変わったんだ」


 少しだけ嬉しそうな、悲しそうな笑みを浮かべる花蓮さんとは違い、俺は更紗の「大好き」という言葉を理解出来ずに頭を悩ませていた、


「ちょっと寝たから大丈夫。ほんとに降ろして」

「嫌だ」

「なんでよ……」

「ほら、なんでもいいから遊ぼーよ!」

「男女比がおかしい」

「いいでしょ、私ももうちょっと祐奈と喋ってたいし」

「お、朱音! 嬉しいなー!」


 こっちが真剣に議論してる間に、なにやら仲良くお話をしていたらしく仲良くなっていた。

 背中の更紗は不服そうな声を出しながら、ぐいっと顔を出してくる。体勢がおかしくなって落ちそうになる更紗を咄嗟に支えると、表情には出ないものの楽しそうに声を上げる。


「えっと、なんかごめんね」

「構わない」

「あと、ありがと」

「ああ、まあ。俺もちょっと嬉しかったよ」

「えっ? なにが?」

「さあな」


 誤魔化すように彼女の頭を撫でておいた。

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