15.笑えなくたって、だからこそ
有栖川、ではなく更紗への心配が消えたわけじゃない。それでも、彼女の周りには、今は友人がいて、先輩もいて、俺がいる。だから、きっと大丈夫だろうと思うことにしている。
そんな俺の苦悩を知らずに、更紗は隣でため息をつく。
「どうした?」
「あー、うん。いや、ちょっとね……」
「俺が邪魔になってきたか?」
「なんでそうネガティブに考えるの……私にとって祐介が邪魔とか、絶対ありえないから」
「そっか。なんか嬉しいな」
「当たり前のこと言ったつもりなんだけど……」
それでも嬉しいものは嬉しい。少しでも更紗の力になれているのなら本望なのだ。
「で、どうした?」
「あ、うん。文化祭あるでしょ?」
「あるな」
「それがちょっとね……あのさ、放課後ちょっと付き合ってもらっていい?」
「いいけど」
「ん、ありがと。じゃあ、また後でね」
文化祭。夏休み明けある、それなりな規模で行われる行事だ。俺と朱音のクラスもそれなりに力をいれて準備を始めている。うちのクラスはクレープを作るらしいが、話はあまり覚えていない。
更紗が何を心配しているのかは知らないが、昨日の彩月の様子なんかを見ているとクラスの立ち位置に関してもあまり問題はないように思える。となれば、更紗のクラスでやるものが問題なのだろうか。
「まあ、考えても仕方ないな」
とりあえず、今はそれで置いておくことにしよう。
そして放課後。彩月に連れられ体育館に向かっている。そこに更紗の姿は見えないが。
「なんにせよ、ほんとに仲良くなってるみたいでよかった」
「自己満で有栖にしたことは、全部ちゃんと償っていくつもりです」
「あー、多分あいつは、一回許したならそんなに気にしてないと思う」
「……そうですかね?」
「そもそも、そうじゃなかったらお前と話してないと思うぞ」
「それはそうですね」
納得がいったらしく、少しだけ微笑んでいる。
彩月はやはり、根はいい子らしい。それでも器用貧乏な性格で、自分よりも何でもかんでも出来てしまう更紗に嫉妬してしまったらしい。その気持ちはわからなくもない。いざしっかり話してみると、意外と意見が合うなんてこともよくあることだ。
「ていうか、彩月は更紗がなんで悩んでるのか知ってるか?」
「それは今からわかるかと」
「まあ、それで呼ばれてんだからそうなんだろうけどさ」
予め知っておきたかったのだが、教える訳にはいかないらしい。
「三上、曲よろしく」
「了解!」
いつの間にか舞台の上に立っていた更紗に指示されて、意気揚々と彩月が曲をかける。
「えっ……」
流された曲は、アリシアのデビュー曲。『star shine』という曲名が指すように、輝く女の子たちにピッタリの曲だ。それを、更紗が歌って踊っている。
だけど、アリスには程遠い。歌は完璧、踊りのキレは、もしかしたら上がっているかもしれない。それでも、俺がアリスに惹かれた一番の理由が足りない。
長いようで短い一曲が終わる。
更紗の悩みは、俺が感じたことだろう。自分は笑えないから、アリシアのアリスじゃないから。
「どうかな……?」
「と、いうと?」
「私じゃアリスにはなれない……?」
「それは無理だ」
「……そっか」
確かに歌もダンスも完璧だった。だけど、アリスにはなれない。
けれど、それがどうしたというのだろうか?
「お前はアリスじゃないんだろ?」
「えっ?」
「お前がアリスである必要なんてないんだ。実際俺は今のお前が……」
その先を言おうとして、思いとどまってしまう。結果はどうあれ、更紗のことだから関係が変わることなんてないとわかっていても、躊躇ってしまう。
そんなどうでもいいことを更紗は貴重な意見として受け止めようとしてしまっている。やめてほしい。
「なに?」
「……可愛いと思ってる」
「う、うん。知ってる。顔はアリスだし」
「そういうことじゃなくてだな……」
そもそもそれではさっきの話と繋がらないだろ、と心の中でツッコミを入れ、かといってもう一度可愛いというのは少し厳しいのでやめておく。
「まあ、なんでもいいか。とりあえず、お前はこれを文化祭でやりたいのか?」
「うん、やりたい。けど、私はアリスにはなりきれないから。ファンに迷惑をかけるのはわかってるから」
「そんなことだろうと思った」
自分のことはどうでもよさげにするくせに、人のことばっかり考えるのだ。そういうやつなのは、それなりに時間を共有しているとわかってくる。
「お前の好きにやれよ」
「えっ?」
「もしお前のファンが誰もいなくなっても、俺だけはちゃんとお前を見てるから。だから、やりたいようにやったらいい。な?」
「……っ、うん!」
些か恥ずかしい台詞でも、更紗の心を晴らすには十分だった。
「だから言ったのに」
「ん?」
「や、有栖ずっと『祐介がわかってくれなかったらどうしよう』とか言っててめんどくさかったんですよ」
「ちょ、三上……」
「馬鹿か」
「そうそう。祐介先輩は一番有栖のことわかってくれてるよ」
「……知ってるよ、そんなの。でも、だから心配だったの。祐介は私の心配をしてくれるから」
「別にお前がそんなに弱いとは思ってないよ」
さっきのはただの例えだが、もしもファンが本当に俺一人になったら、きっと普通のアイドルなら心が駄目になってしまうだろう。
でも、彼女に限ってそんなことはありえないし、なにより彼女がやりたいことを否定するような真似はしたくない。
「ありがと」
「おう」
「まだ私を見てくれると、その……嬉しい、かな」
「当たり前だ。ちゃんとお前の傍にいる」
「……ん」
月並みな言葉だとしても、それが更紗の力になれるならそれでいいと思えた。
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