18.あなただけだから
最近は、心做しか更紗の表情が柔らかくなってきている気がする。もちろん、笑うことができるようになったわけでもなければ、ここ最近で彼女を取り巻く環境が変わった訳でもない。それでも、だんだんと変わっている気がするのだ。
「にしても、暇だな」
相変わらず朱音しか友達と呼べる人間はいない。今は練習中だろうし、更紗も呼べば来るだろうが申し訳ない。
ぼっちに夏休みは辛いことを実感しながら、俺は適当にぶらつくことにした。
ぶらついて時間を潰すと言っても、特にやることもないので本当にぶらついているだけになる。適当に、学校辺りまで歩くことにする。
スマホが振動しているのに気づいて確認すると、画面には更紗からのメッセージが届いていた。
『祐介って勉強できる?』
『多少。教えて欲しいところあるのか?』
『いや、私じゃない。三上』
なるほどな。しかし、彩月とはそれほど接点があるわけでもない。まして仲良くしているわけでもない。
しかし、なんという偶然かぶらついていた道の先には彩月が一人で歩いていた。
「……あ、先輩。おはようございます」
「ああ、おはよう。こんなところにどうしたんだよ」
「補習です。それで、今からは有栖に勉強を教えてもらう予定で」
「そっか」
彩月の表情が若干曇っているように見えたのは、きっと気の所為じゃない。償うと言っていたその言葉は信じたいと思うからかもしれないが。
「お節介ですよね、あいつ」
「そうだな。そういうやつだから」
「どっかの誰かさんによく似てます」
「一年ってそういうやつばっかなのか……」
「……はぁ……」
「大丈夫か?」
「呆れてるだけです」
「うん?」
「いえ、もういいですよ」
相当深いため息だったので気になったが、それ以上話す意志が見えないので放っておく。
「有栖、ほんとに馬鹿ですよね」
「あいつも成績悪いのかよ……」
「あの、話がすれ違ってます」
「悪い。本気で勉強の話かと思った。でも、あいつの良さってそういうところだろ」
「……そうですね。一人でなんでもしようとして、傷つけた相手まで助けて。笑えなくなってまで周りを助けて」
「そうだな。俺はお前を許すつもりないし」
「安心しましたよ。隣にいる人がそういう人で」
「そうか」
それでも、更紗がいつものように溜息をつきながら『気にしてないから』なんて言うんだ。俺も彩月も、そんな彼女の気持ちを無下にすることはできないし、したくもない。
「せめて、これまでしてきた分そばにいてやってくれ」
「えっ?」
「あいつ、一人だからな。ちゃんとした友達になってやってほしい」
「ああ……」
納得したように首をこくこくと縦に振る。
「本当に必要なのは、私なんかじゃないですけどね」
「どういうことだ?」
「いえ。でも、私じゃあの子の心を守ってあげることも、支えてあげることも出来ないんですよ。それが出来るのは、きっと祐介先輩だけ」
「……みんなして似たようなこと言うな」
「だって、事実ですから」
彩月のため息は、一体どこへ向けたものなのかはわからない。俺へか、それとも更紗を支えられない自分にか。
だけど、それだけ彩月が更紗のことを思ってくれるなら、俺も少しくらいは彩月を信頼してもいいかもしれない。
「なあ。俺も勉強会、行っていいか?」
「えっ、いいですけど。有栖に会うためですか?」
「違う違う。お前の勉強見てやる」
「ほ、ほんとですか?」
懐疑の視線。当然といえば当然かもしれない。
「さっきまで、許さないとか」
「気が変わったんだよ。俺も、もうちょっとお前を信じる」
「それはありがたいけど……?」
彩月の顔に浮かんだはてなは更紗の家に着いても消えることは無かった。
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