8.ごめんな よろしく

 有栖川と通話で話した翌日、俺はしっかりと学校に行く準備をしていた。そして、もう一度、会って謝ろうと決めていた。これはただ、有栖川の優しさに甘えているだけな気がするのが情けないところだが。


「いってきます」


 家にいる家族に登校の意を伝えて、扉を開ける。と、想定外すぎる人物が立っていた。


「おはよう」

「あ、有栖川!?」

「ちょ、声大きいって。またなんか変な気を使ってるなら悪いなと思って、呼びに来たんだ。今日は学校行くみたいだけど」

「あ、ああ……そういうことか……」


 申し訳ないことをしてしまったのに、どうやら有栖川は俺の事を心配までしてくれていたらしい。嬉しいが、かなり申し訳ない。複雑だ。


「とにかく、この前は本当に悪かった。ごめん」

「……ん、傷ついたから許さない」

「……だよな」

「そこ、本気で落ち込まない。許さないのは前の発言だけ。祐介が私のために頑張ってくれてたのも、知ってる。それを私が気付けなかったのは私がいけなかった。だから、私もごめん」

「い、いや……勝手にやってただけだから……」

「ごめん。ご、め、ん」

「……はい」


 無理やりにでも相殺させたいのか、有栖川はごめんという言葉を全くの謝罪の意を込めずに言ってくる。もちろん、俺は謝罪されるつもりもなかったし、有栖川が悪いことなんてなかったのに、だ。


「うん。じゃあ、行こ?」

「お、おう……ごめん、今からまた失礼なこと言ってもいいか?」

「なに?」

「なんでそんな顔を引き攣らせてる?」

「……やっぱり引き攣ってる?」

「かなりおかしい」

「ごめん、これ今の精一杯の笑顔。これでも、前よりはマシなんだよ」

「……そっか。ありがとな」

「別に祐介のためにやってるんじゃないけど……いや、祐介のためになるのかな……」

「それでも、お前が笑おうとしてくれてるのは嬉しいからな」

「……照れるから、やめて」


 若干頬を赤く染めながらそんなことを言う。その仕草に、少しだけだがドキリとしてしまった。あくまで、そう。少しだけ、だ。






「有栖川ちゃんと仲直り出来た?」

「多分」

「ならよかったね。ちゃんと仲良くしなよ?」

「どこ目線なんだよ」

「どこ目線なのか、私にもわからなくなったよ」

「まあ、善処はする。俺も、有栖川といると落ち着くから」

「……ふーん。そっか」

「どうした?」

「別に」


 なぜか不服そうな顔をされているが、俺には理由の検討もつかない。今の会話で不快になる要素は特になかったはずだ。


「なんか、なぁ……いや、良いんだけどさ」

「気になるだろ。言えよ」

「ううん、なんでもない」

「モヤモヤするなぁ……」


 結局、午前中はモヤモヤを抱えたまま過ごすことになった。






「あ……」


 昼休み、最悪の事態が起こっていたことに気付く。弁当を忘れてきた。

 確か母は弁当をテーブルの上に置いていたはずだ。つまり、ただ俺が忘れてきただけということになる。帰ったら謝ろう。


「食堂かな」


 購買に食堂、パンの自販機まであるのだ。食べるものくらいはあるだろう。

 俺の教室が三階、食堂は一階だ。一年と教職員が二階、二年が三階、三年が四階になっている。

 階段を降りると、見覚えのある金髪があった。


「あ」

「よう」

「よう。祐介も食堂?」

「弁当忘れたからな」

「そうなんだ。あー……えっと……」

「どうした?」


 もごもごと口を動かしているが、言葉を発しているわけではない。


「一緒に……ご飯食べたいな……なんて……」

「別にいいけど」

「い、いいの!? 三澤先輩とかは……?」

「別に俺がいつも朱音と一緒にいるわけじゃない」

「そりゃそうだけど……」

「なんか、今日は有栖川といい朱音といい、変だな」

「変じゃないし」

「かなり変」

「うるさい」


 ちょっとお怒りだ。これ以上はやめておこう。

 食堂に行って、食券を買う。なかなか充実しているようで、メニューを眺めるだけでも楽しめるレベルだ。おまけに準備も早く、すぐに注文したものが提供される。


「あ、唐揚げ美味しそう」

「食うか?」

「いい?」

「可愛い後輩の頼みだったらな」

「か、かわっ……!?」

「……ほんとに大丈夫か?」

「だ、大丈夫。全然大丈夫。大丈夫だから」

「落ち着け」

「うん。落ち着いてる。大丈夫」


 やはり様子がおかしい。朝はそれほどでもなかったはずだが、なにかあったのだろうか。

 とりあえず、唐揚げを分ける。俺は唐揚げ定食というシンプルなものを注文しているので、唐揚げなら皿の上にかなりある。


「ほい」

「ありがと。じゃあ、はい」


 有栖川のは、ナポリタンだ。クルクルと機嫌よく巻いて食べていたが、そのフォークを俺の方に向けてくる。どうしろと?


「あー」

「あー?」

「ほっ」

「……美味いな」


 美味いが。いや、美味いんだけど。

 そもそも有栖川は可愛い。ドキドキしない方がおかしくないか? しかし、意識しているのはどうやら俺だけらしい。恥ずかしい。


「美味しいね」

「そうだなー」

「……駄目、か……」

「ん?」

「なんでもない」


 なんだか有栖川の顔が少しだけ赤く見えたが、きっと気の所為だろう。


「祐介」

「ん?」

「その、さ。これからもよろしく」

「あ、ああ……こっちこそ、よろしく」

「きっとまた、喧嘩しちゃうこともあると思うし、酷いこと言い合ったりもすると思うんだけど、それでも私、祐介のことちゃんと好きだから」

「おう。俺もだ」

「えっ?」

「えっ?」

「あ、ううん……なんでも。なんでもない」


 やはり様子がおかしい有栖川だった。

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