7.吐いた言葉は取り消せないけど
学校に行くのすら怖かった。自分が言ったこととは思えないような発言、それが有栖川更紗を傷つけたことくらいはわかってしまう。だから、学年は違えど彼女に鉢合わせてしまうのが怖かった。
そうして、かれこれ三日ほどサボってしまっている。
家族はなにも声はかけて来ない。ときどき様子を見に来るが、特に何かを言う訳でもない。
「……はぁ……」
自分がやったことの責任くらい自分で取るべきだ。そんな単純で簡単なことは頭では理解しているんだ。だけど、それができない。あの言葉が彼女を傷つけたのは明白だ。それもきっと、深い傷を針で抉るように。
情けない。そんなことはわかってる。自分でも思う。ただ一言、悪かったと、ごめんと伝えるだけなのだ。それで許されるのかもわからないし、許されようとも思わない。
「……寝よ……」
自堕落な生活は今日もまた続いた。
「……もう夜か。早いな」
「早いな、じゃないでしょ。なにやってんの。バイトは?」
「朱音……」
いつの間にか部屋に入っていたらしい、俺の唯一ともいえる友人。なぜ部屋にいるのか、という疑問は別に問題ではない。どうせ両親が入れたのだろう。
「バイトより学校だろ」
「んーま、ほんとはそうなんだけど。なんか有栖川ちゃんが訳あり顔してたからなんかあったのかなって。なにがあったかは聞かないよ」
「聞かないのか」
「うん、聞かない。落ち着いたら話してくれるってわかってるから」
「……話すかどうかは知らん」
「話さなくてもいーよ別に」
「……すまん」
「何謝ってんの。それなら謝る相手が違うでしょーが」
「まあ、そうなんだけど……」
「……ごめん、やっぱ何があったのか聞かせて」
「……おう」
ありのままを朱音に伝える。聞いた朱音は、怒るわけでも呆れるわけでもなく、ただ悲しそうな顔をしていた。
「うん……そっか」
「有栖川は、なんか言ってたか?」
「ううん、なんにも。でも、そっか〜」
うんうんと、なんだか嬉しそうに頷かれて、俺は困惑することしかできない。朱音は他人の不幸を笑うような奴ではないので、なんらかの意味があるんだろうと、そんな察しはつく。
「祐介も有栖川ちゃんのためにいろいろやって、有栖川ちゃんも祐介のためを思って言ったんだよね。うん、仕方ない仕方ない!」
「いや、仕方なくなんて……」
「うーん、スマホ貸して?」
「今か?ㅤいいけど……変なとこいじるなよ?」
「うん、そんなことしない」
朱音のことだから特に変なことはしないだろう。なぜこのタイミングでスマホを要求されたのかはわからなかったが。
「あ、もしもし有栖川ちゃん?」
「っ!?」
「うんうん、あ、なんか祐介が言いたいことあるらしいから。うん、また明日ね」
会話内容はわからないが、朱音にスマホを手渡される。画面は、通話中。つまり、電話を代われということだ。
「……も、もしもし」
『うん。もしもし。どうしたの?』
有栖川の声はいつもと変わったようではなく、むしろいつもよりも柔らかいものだった。
「……ごめん。ほんとに」
気持ちのこもっていないような、自分でも驚くほど薄っぺらい言葉。申し訳ないと思っていても、本当は有栖川に許されたいと思っていても、何故か気持ちは声に出ない。
『うん、いいよ。早く学校来てね。それだけなら切るけどいい?』
「えっ……?」
『なに、まだあるの?ㅤ明日提出の課題終わらないから早く切りたいんだけど……あ、もしかしてずっと休んでるのって……申し訳ないとか思ってたの?』
「……まあ」
案外気にしていなかったことに驚く。なんだか、悩んでいた自分が馬鹿らしくなってくる。それでも、俺が有栖川を傷つけてしまったことは事実だ。
『気にしてないから。祐介が私のこと考えてくれてるのもわかってるし、頑張ってくれてるのも知ってるから。じゃあね』
「あ、おい……切れた」
怒涛の勢いで、言いたいことだけを言って切った。別に構わないが。
「なんて?」
「気にしてないって」
「……あの子も馬鹿だなぁ」
「どういうことだよ」
「いや、有栖川ちゃんが気にしてないって言ったならいいよ」
その朱音の言い回しは妙に気になったが、今はとりあえず、有栖川との関係が修復できたことを喜んでおくことにした。
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