5.石間祐介
これは、まだ私たちがアリシアとして、駆け出しのアイドルとして活動していた頃の話。
お互い別々の学校に通う、ただの中学生。共通したのは、アイドルになりたいという夢だけ。
「初ライブって緊張する……」
「遊園地のステージだけどね」
「それでも、緊張するものはするわよ。仕方ないんじゃない?」
「現に私を見てほしいんだけど。鳥肌凄いよ」
「アリス、凄いやる気だね」
「緊張してるんだけど!?」
「もう。二人とも、もう出番だからしっかり」
まだ事務所にも所属していなかった、ただの趣味の一環。それでも、私たちはしっかりやる気は持っていた。
初ライブ、ステージと呼ぶにはあまりに小汚いステージの上で、私たちは自作の曲と、頑張って練習したダンスを踊った。実際、歌もダンスも悪いものではなかったと思う。
祐奈と花蓮は、しっかりとダンスを踊れていた。対する私は、初めからしくじってしまって、その後も上手く踊れなかった。
「大丈夫?」
「う、うん。ごめん」
「気にしちゃ駄目、どんまい。幸いにもお客さんはほとんど居ないから、ラスト頑張りましょう」
「うん!」
二人とも責めたりせずに、私のことを慰めてくれた。だから、私は最後まで一応踊ることができた。
お客さんは十人程度。その中でも、一人だけ私に向けて拍手してくれた人がいた。
初めは、そんなミスだらけのライブで煽ってるだけだと思っていた。だけど、その人は違った。
それからライブ、と呼べるものかはわからないようなライブに毎回来てくれた。多分私とそれほど年齢は変わらないだろうに、毎回来てくれる。
アリシアが事務所のスカウトを受けてからも、彼はライブに来てくれた。
「見た!?ㅤまたあの人来てくれてた!」
「アリスはほんとあの人のこと好きだなぁ〜」
「一人のファンだけを優遇するのは駄目だけど、あの人はずっと来てくれてるものね」
「嬉しいなぁ……」
ファンに依存してしまうなんて駄目なことはわかってるけど、それでも、彼が会場でステージを見てくれていることがただ嬉しかった。
「待ち合わせ遅れる……」
久々のオフ、たまには三人で息抜きをしようと言っていたのだ。発案者は祐奈、異論はなかった。
「わっ!?」
「おっと……ごめんなさ……って、アリス!?」
「あ、しーっ!」
咄嗟に手で口を抑えてしまう。
「ぷはっ……」
「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「あ、ああ、うん。なんでアリスがこんなところに……」
「あ……あなたは……」
ぶつかったのは、いつも来てくれる彼。奇跡だろうか。名前くらいは聞いても怒られないだろうか。
「な、名前!ㅤ教えてください!」
「は、はい?ㅤ石間祐介ですけど……」
「祐介さん……!」
石間祐介さん。私の一つ上で、私一筋だそうだ。同じ中学生なのに毎回ライブに来れているのは、お小遣いを少しだけ増やしてもらって、それを全部貯金して、ライブのときだけ使うらしい。よくグッズも買ってくれるけど、本当に大丈夫なのか心配にはなる。が、笑って大丈夫だと言ってくれた。
「あの、最後に。一つだけお願いがあるんです」
「はい?」
「また、ライブ来てください」
今、私が一番嬉しいこと。それを伝えると、祐介さんは吹き出す。
「もちろんですよ」
「ほんとに?ㅤ指切りします?」
「しますか? 絶対行きますよ?」
「じ、じゃあ、しましょう」
ファンとの過度な関わりは本来なら許されないものなのかも。そうは思うけれど彼はただの一人のファンじゃないから。私はそういう言い訳を勝手にすることにした。
アリシアもいろんな番組に呼ばれたりして、ファンもかなり増えた。そうして、事件は起こった。
きっかけは、SNSでのアンチの脅迫だった。脅迫先は私。内容はいまいち覚えていないけど、たしか他のふたりに比べて見劣るのになんで平気でテレビに出られるのか、とかだった気がする。そして、その活動はアリシアにも飛び火が散るようになった。有栖川更紗をメンバーに入れているグループなんてろくなグループじゃないとか、そんな程度なアンチだった。
それはライブでも行われた。迷惑な話ではあったが、声援の方が大きいから気にはしていなかった。なのに、ファンの一部はそれを真に受けてしまった。現場は口論から殴り合いに。警備員が抑えてもまだ続けている。
そんな中、間へ入ったのは彼、祐介さんだった。当然、ただの中学生の意見なんて聞き入れて貰えない。それどころか、酷い罵倒までされて、殴られて。そんな様子を、私はただ呆然と眺めることしか出来なかった。テレビに出て、調子に乗っていたのかもしれない。そうだ、私たちはまだ中学生。精神的に脆い。
そうして私は、笑えなくなった。
ほとんど通っていなかった中学校に行くようになった。当然、友達なんて出来るわけもない。ここにいるのが祐奈や花蓮なら、うまくやったのかもしれない。だけど、残念なことに私は有栖川更紗だ。
それから一年。無駄な一年だった。勉強が全て無駄だったとか、そういう話じゃない。ただ、なんとなくこの時間に意味は無いように感じたのだ。
高校。三年間を無駄に過ごすつもりでいた。あの日、彼を見つけるまでは
高校生になって、生活は一変した。もちろん、悪い方にだ。アイドルをやっていて、そのくせクスリとも笑わないんだから不気味なんだろう。気持ちはわからなくもない。だから、何も言い返さなかった。
だんだん体にも痣が増えてきたので、そろそろ少し相談することにした。日が暮れると寒いし、体も痛い。
だけど、主に放課後だからかまともに取り合ってもらえなかったので、いじめられることにした。なんだか、もう生きていくのが面倒だ。
死んでしまおう。これまで育ててくれた家族には非常に申し訳ないが。だって、もう疲れた。それに、私は母が嫌いだ。
好きで笑えなくなったわけじゃないのに。好きでアイドルをやめたわけじゃないのに。私だってアリシアとしてアイドルは続けていたかったのに。そんな事情は彼女たちには関係ない。なら、私がいなくなっても関係ない。
屋上へ向かうことにした。のだが、私はそこで意外な人に出会うことになる。
「わっ!」
もう出会うことがなかったはずの、アリスとしての私をずっと好きでいてくれた人。私がなんの為にアイドルをやっていたのか、半分くらいはこの人の為というくらいに、私の支えになっていた人。
「ああ、ごめん……えっ?」
「こちらこそすみません。ちょっと考え事をしてて……あ」
「アリス……?」
「人違いですね。失礼します」
でも、駄目なんだ。もう私はただの有栖川更紗だから。彼が好きなアリスではないから。
それでも、彼がいるなら。この学校に彼がいるのなら、もう少しだけ頑張れるかなって、そう思うことはできた。なんて私は単純なんだ。
翌日も同じだった。私が祐介さんと出会ったからといって、何かが大幅に変わるわけじゃない。当たり前だ。
そう思っていたのに。
「なにしてんの」
「……祐介さん……」
彼はまた私の前に現れた。
もう一度出会えた彼は、一年前までの情熱は無くなっていて、随分と冷めた態度だった。だけど、私のことをアリスではなく、有栖川更紗として見てくれた。アリスの素を見て、幻滅されても仕方ないと思っていのに、彼女は私自身を受け入れてくれた。
彼は、私の支えになった。
「そういえば、俺が有栖川とぶつかるのって二回目だったんだよな」
「えっ、忘れてたの?」
「いろいろあったからな……」
「……私はあれがあったから頑張れたのに……」
「なんて?」
「なんでもない。いつもありがとね、祐介」
「おう。なんでも言ってくれればいい」
「うん」
祐介は有栖川更紗としての私を、後輩のように、友人のように扱ってくれた。それがとても嬉しくて、私はアリスでなくなったのに祐介に依存している。駄目なんだ、そんなことはわかっている。
それでも、祐介は私の初めての先輩で、初めてできた異性の友人で、そして私の初めてのファンなんだ。そして、多分だけど初めてできた好きな人。うん、やっぱり単純だ。軽すぎるのではないだろうか、なんて思ってしまう。
「夏休みに入ったら遊びに行こうよ」
「いいかもな。どこに行きたい?」
「海とか、山とか。行けるところは行きたいかな」
「じゃあ、夏休みはめいっぱい遊ぶぞ」
「うん!」
祐奈や花蓮には言えないわがままを、祐介に言おう。誰にも言えない秘密は、祐介にだけ聞かせよう。
私の中で、だんだん石間祐介の存在が大きくなっていく。この気持ちがなんなのかはわからないけど、一緒にいたいと思った。
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