4.アリシアと有栖川更紗

 朱音の部活が再開して、有栖川と二人で帰ることが増えていた。有栖川もよく笑う……ことは決してないが、それでも楽しそうにすることは増えた。それは俺の勘違いかもしれないのだが。


「学校、楽しいか?」

「なにその親戚のおじさんみたいな質問」

「まあ、気になるだろ」

「楽しいよ。後のことを考えないでゆっくり授業が受けられて、放課後はこうして祐介と寄り道したりして。ちょっと憧れてたから」

「そっか」


 有栖川は注文を済ませ、お冷に口をつける。そう、ここは喫茶店だ。寄り道中なのだ。


「あれ?ㅤもしかしてアリス?」

「……久しぶり」


 有栖川の正面、つまり俺の後方から声をかけられた彼女は、急に申し訳なさそうにして挨拶をする。この声には俺も聞き覚えがある。決して学校の人ではなく、もっと別の立場でだ。


「なんでそんなにテンション低いのかな〜も〜!」

「逆になんでそんなに元気なの?」

「阿澄祐奈!?」


 元アリシアメンバーの一人、阿澄祐奈。現在は有栖川同様に芸能界から姿を消したが、アリシアとしてだけでなく、個人でも活動していた。アリスとは違って、他の二人の愛称は普通に名前だ。


「あ!ㅤ石間祐介さん!」

「覚えられてた……!?」

「アリ……更紗がいつも楽しそうに話してたからねぇ〜『今日も祐介さんいたよ!』って」

「……ほう?」

「や、やめて。本人の前でそういう話は恥ずかしい」

「うん、とりあえずやめたげる。で、なんでその愛しの祐介さんと一緒にいるの?」

「い、愛しとかじゃなくて!」

「祐奈さん、その話詳しく聞きたい」

「やっぱり興味ある?ㅤいいよ〜IDあげる〜」

「あざっす」


 なぜだろうか、このIDは大切にしないといけない気がする。というか、まだ高校生とはいえ元アイドルがこんなにもぽんぽんファンにIDなんて渡してもいいものなのだろうか。


「口を開けば祐介さん祐介さんって、ほんと他のファンには見向きもしなかったよね」

「祐奈!」

「ふっふっふっ、更紗はあたしには勝てないんだよ?」

「やめてくれるって言ったよね……祐介、忘れてよ?」

「無理だな」

「は、はぁ?」


 恥ずかしそうにしながらぽかぽかと叩いてくる。その様子を見ていた祐奈さんは吹き出す。


「何笑ってるの。祐奈のせいなんだけど」

「ごめんごめん。でも、ずっと引きずってたから、ちょっと安心したよ」

「なにを?」

「祐介さんも、ありがとう。更紗を助けてくれて」

「お、おう……?」


 助けたつもりは無い。助けたといえば、いじめられていたのを止めたのは助けたと言えるかもしれないが、有栖川がそれを他人に伝えているとも思えない。


「あと、更紗」

「なに。怒ってるんだけど」

「私たちはアリシアが解散したこと、別になんとも思ってないのはほんとだからね。更紗が気にすることなんかない。だから、笑えー!」

「わっ!?」


 祐奈さんは有栖川の頬をこねくり回す。このやりとりになにか意味があるわけでもないんだろうが、それは有栖川の心を晴らすには十分だろう。阿澄祐奈という人は仲間を大切にできる人らしい。


「じゃあ、またね更紗。祐介さんは今日電話かけるね〜」

「えっ、ちょっと祐奈!」

「取らないから」

「そ、そういうんじゃなくて!」


 ここまで慌てる有栖川は久しぶりに見たかもしれない。それほどまでの恥ずかしい秘密でもあるんだろうか。


「ほんとに駄目だから!」

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