第10話 妹はパンツをはいていない

 翌日の朝は妙に寝覚ねざめの悪い朝だった。


 目が覚めると右腕に謎の圧迫感を覚えた。


 金縛りかと思い原因を探るために目をキョロキョロと動かすと、右腕から腹部にかけてしがみ付いている毛布をかぶった淡い色の茶髪がすうすうと寝息を立てているのが見てとれた。


 二重の意味で焦った。


 これは早朝勤務のパン屋あるあるなのだが、目が覚めた時点で窓から朝日が差し込んでいると「やべ寝坊した!」と焦燥感に駆られるんだけど、よくよく考えたら「あっ、そういえば今日は店が定休日だった。テヘッ」ってなるシチュエーションが度々ある。


 今がまさにその状況だった。

 今日は定休日だから自分の部屋で朝陽が拝める。

 天気だけ見れば清々しい朝。状況を見れば寝覚の悪い朝。

 金縛りでも寝坊でもないけど、『この状態』だけは楽観視できないなと思った。


 左手でスマホを探り当て、現在の時刻を確認する。


 午前六時半。普段の定休日よりもちょっとだけ早い目覚めだった。


 寝起きのぼやーっとした頭で窓の外に意識を向けると、ちゅんちゅんと雀の鳴き声が聞こえた。


 ちゅんちゅんだけに朝チュンてか。


「…………」


 うーむ。

 なんだかなぁ……。

 育った小学六年生の妹が兄と一緒のベッドで寝てるのって、はた目から見たら大問題だよなぁ。


 昨日は寝るまでブーブー文句言ってたし、これは俺に対する何かしらの当て付けか?


 こういうのマジで困るんだけど。

 莉奈のヤツは人の腕を枕にして寝てるし。そういうのは俺じゃなくて未来の彼氏にやってくれ。

 それに、俺の腕を枕にしていいのは未来の彼女だけだ。


 どうやってベッドに潜り込んだかはさておいて……六時半か、微妙な時間だな。


 下手に動いたら莉奈を起こすし、中途半端な時間に起こすと間違いなく二度寝するし。何より俺の部屋で起こすと後がめんどくさい。

 このまま黙って時間が来るのをジッと待つのも地味にしんどい。

 天井のシミでも数えるか。うん、天井にシミなんて一つもないな。


「…………」


 よし。莉奈には色々と言いたい事があるけど……ここは起こさない様にそっとベッドから抜け出すか。それが一番安全だろ。


 寝ている妹の全体像を確認するために被っている毛布を慎重に引っ張っていく。

 そっと、そーっと。

 ……ふう。

 何故かその行為に良い様のない背徳感を覚えた。


 毛布を半分まで引っ張ると気持ち良さそうに寝ている妹の顔があらわになった。


 妹にこんな表現を使うのは正しいとは思わないけど、眠っている莉奈の姿からは西洋人形ビスクドールの様な繊細さを感じた。


 胡桃色の長い髪も張りのあるまつ毛もまるで作り物みたいだ。


 未成熟な身体付きも見方を変えたら人形そのものだ。まぁ、昔に比べればだいぶ大きくなったと思うけど。


 思えば俺は莉奈の髪と顔以外の部分をじっくりと見た事がない。


 何気なく莉奈の胸元を見ると少しばかり先端がツンと尖っているのが分かった。


 ふむ、小学生の割に意外と胸はあるんだな。こうやってまじまじと見た事ないから今まで全然気付かなかった。


 というかノーブラかよ。普段のパジャマとキャミソールはどうしたんだ?


 莉奈の着ている服を見てある事に気付いた。なんかやたらとダボったくてサイズがまるで合っていない。

 つーか、それ俺のTシャツじゃん。なんで勝手に着てるんだ。


 莉奈の服装は世間でいう『彼シャツ』の部類だった。そういう寝巻きは未来の彼氏でやってくれよ。


「…………ん?」

 慎重に莉奈の腕を持ち上げると俺の目に『ある物』が映った。

 その丸まった衣類は本来なら就寝時にあるべき場所にきちんと装着されているはずだ。

 厚手の布地でデザイン性が幼稚な白い下着。

 世間ではこれを児童向けパンツと呼ぶ。

 どう見ても脱いだ後のパンツだった。


「…………っ」

 嫌な予感がした。

 まさか、下の方は──。

 そっと毛布を取り払うと案の定というべきか……あろうことに莉奈は、俺のシャツ一枚だけしか服を着ていなかった。


「…………っ」


 オーマイガッ。何やってんだこの妹。

 そんなエッチな彼女ムーブしていいのは本物の彼女だけだぞ。

 はしたない。身内がこんな格好をしてると思うと恥ずかし過ぎて鳥肌が立つ。

 もう兄ちゃんはお前の将来が心配すぎて頭が痛いよ……。


「……んにゅ」


 毛布が無くなった影響で下半身がスースーするのか、莉奈はコロリと寝返りをうった。

 開けっ広げに足を開いて仰向けになる妹。

 結論から言って、莉奈はパンツをはいていなかった。当たり前だよな……だってパンツここにあるし。

 なんていうか、見えちゃいけない部分が完全に丸出しになっていた。なんなら見せ付けてるんじゃないかと疑うレベル。

 そんな状態でも莉奈は幸せそうな顔ですうすうと眠っていた。


「…………はぁ」


 朝からなんてもん見せてんだ。そういうのは未来の彼氏にだけ見せてやれよ。

 もう嫌だ、胃が痛い。朝から心労がハンパない。

 もうこれ時間と忍耐力だけで解決できない問題だろ。


 寝返りのおかげで束縛から解放された俺は、寝ている莉奈にそっと毛布をかけて自分の部屋を出る。


 自分の中でさっき起こった妹の痴態は見なかった事にしておいた。


 世の中、知らない方が幸せなことだってあるし。


 何にせよ、とりあえず今夜は緊急兄妹会議をしないとだな。議題は正しい情操教育と貞操観念について。もうこれしかない。


「……とりあえず顔洗ってこよう」


 歯を磨きながら、俺はボンヤリと昨夜のことを思い出す。


『にぃは、莉奈だけのにぃなの!』


 昨日のアレは単なるワガママじゃないのかもしれない。

 もしも、莉奈のあの発言に他意があるとすれば。

 何かの拍子で間違いが起きる前に手を打たないと。

 俺と莉奈の間に予防線は必要だ。

 なら、やっぱり──。


 やっぱり俺が、先に彼女を作るしかないのだろうか。

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