第4話 織原くんは無自覚にフラグを立てる
赤いランドセルを背負って小学校の校門に向かう妹を見送ると時刻は午前八時十分を過ぎていた。
「……まーた遅刻ギリギリか」
直視し難い現実をスマホの時計で確認したら、トークアプリの通知が二件入っていることに気が付いた。
『おせーよ。また遅刻すんぞシスコンwww』
『遅刻したら罰として利苑のお昼ご飯はあたしがボッシュートするんでよろしく。あっ、ところで今日はメロンパンある? 食べたいんだけど』
グループメッセージの相手は犬伏兄妹だった。
朝っぱらからわざわざメッセージで人をシスコン呼ばわりするケンちゃんと朝から人の昼飯をたかる食いしん坊の日向子。
薄情な。こいつらと友達やめようかな。いや、やめないけど。
「ほんと、朝っぱらから元気だよなーあいつら」
リプライに短く「間に合うから安心しろ」と文字を入力して二人に返信を出す。
「……いや、間に合うか? 微妙? むしろ遅刻?」
そんな風にぶつぶつと独り言を呟いて遅刻という現実から目を背けていると。
「……ん? あんな所で何してるんだろ」
進行方向の先にキョロキョロと辺りを見渡している女子高生らしき女の子がいた。
「ふぇぇぇ……また道に迷ったぁ。このままだと学校に遅刻するよぉ」
女の子は自分のスマホに視線を落として「あー、うー」と
「わたしってどうしてこんなに鈍臭いんだろ。今時小学生でも迷子にならないのに……」
おろおろと挙動不審な行動を
テンパると独り言を呟くその気持ちはすごく良く分かると思った。
「どこかに天城星雲までの道を知ってる人いないかなぁ……あっ」
女の子と視線がぶつかると、ピコーンっと脳内から
「あっ、あの……もしかして、天城星雲の生徒さんですか?」
そう言って女の子は俺に声をかけてきた。
「えっ、あー、はい。そうだけど……?」
「良かったー。これで遅刻しなくて済むかも」
にぱーっと朗らかに微笑む女の子の顔を見て、不覚にも俺の胸がドキリと跳ね上がった。
遠目からではよく分からなかったけど……近くでまじまじと眺めると、その顔は息を飲むほど
大きな瞳とバランス良く配置された小鼻が顔立ちの良さを物語っていた。
まごうことなき美少女。ジャンルで言えば小動物系だろうか。
ありふれたミディアムボブの髪型とピシッと校則通りに着こなした制服。そんな、どこにでもいる平凡な女子高生なのに……顔が可愛いだけで女の子はこんなにも見栄えするのかと内心で驚いた。
「あ、あの……その」
戸惑う女の子を見て俺はハッと我に返る。
「あっ、ごめん。俺に何か用かな?」
質問をすると、女の子は顔をカッと紅潮させてモニョモニョと口籠る感じで返した。
「えっと……ご、ご迷惑でなければ学校まで道案内して欲しいというか……一緒に付いて行っても良いですか?」
消え入りそうな声で一言。
「わたし、道が分からなくなって迷子になったみたいなんです……」
道に迷っていたのは仕草で何となく分かっていた。
いや、でも登校で道に迷うなんてことあるのか?
制服のリボンの色から察するに、この子は同じ学年の様だけど。
大神さん以外にこんな可愛い子同じ学年にいたっけ?
同学年ならケンちゃん経由で特徴と名前くらいは知っていそうなもんだけど。
「ダメ、ですか?」
潤んだ瞳で上目遣い気味に見上げられると胸の奥がキュッと苦しくなる気がした。
「…………っ」
爺ちゃんが言っていた。女の子には優しくしてやれ、可愛い女の子にはもっと優しくしてやれ、と。
「いや、ダメじゃないけど……」
それに従うなら、可愛い女の子にはそれなりの対応をして
「えっと……どうして迷子になったの?」
「は、はい。わたし、この辺りに引っ越してきたのが割と最近で……まだ土地勘とかそういうのに全然慣れてなくて」
「引っ越してきた?」
「はい。わたし、この春から天城星雲に転入したんです」
「……ああ、なるほど」
そういう理由か。
転入生ね。どおりで同じ学年なのに見覚えが無いわけだ。
こんな可愛い子、一度でも見かけたら早々忘れないだろうし。
「……君の事情は分かった」
俺はべつに遅刻してもあまり困らないんだけど。
でも、この子の場合だと転入して日が浅いのに遅刻したら今後に影響するだろうなぁ。
下手をしたら変な悪印象が付くかもしれない。転入生っていじめの対象になりやすいって話だし。そうなったら関わった俺も後味が悪い。
この子の明るい学園生活のためにも。
ここは助けた方が良さそうだ。
「あー、そうだな……ちなみに君、千五百メートル走は何分で走れる?」
「千五百メートル走ですか? 自己ベストは六分くらいですけど?」
「六分か……ギリギリだな」
女子にしては比較的速い部類だと思うけど……残り時間を考えるとかなり際どい。
ちなみに俺の自己ベストは五分弱の速くもなく遅くもない平均的なタイムだったりする。
まぁ、それはあくまでも体力が十全でのタイムだから。朝からバイトして、妹の面倒を見て、それなりに
ちなみに今から走る気は一切ない。だって疲れるもん。
「あ、あの……なんで千五百メートル走のタイムなんて聞いたんですか?」
「ここから学校までの道のりがだいたい残り千五百メートルくらいなんだ」
悲しいけど、これ事実なんだよね。
「なるほど。そうだったんですね」
得心したのか、女の子はポンと手を叩いた。
「そう。そして今しがた登校時間のタイムリミットが残り七分を切ったところなんだ」
そう言ってる間にスマホで時間を確認したら残りは六分になっていた。
「ええっ!? 大変、早く行かないと!」
あたふたと慌てふためく女の子に俺は「まぁ、少し落ち着いて」と言う。
「それで君に一つ提案があるんだけど、いいかな?」
「提案ですか?」
「そう。間に合うか分からない持久走に無駄な体力を使わない上に確実に遅刻しない方法が一つだけあるんだけど」
「そんな方法があるんですか!?」
早く教えて、と言いたげな女の子に俺は学校の登校において反則技に近い裏技を女の子に伝授した。
「君、今から俺と一緒にタクシー乗らない?」
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