第4話「活動記録:ヘリオス歴 四八四年 - 四八八年」


 ヘリオス歴 四八四年 三月七日


 ミーナの保護から五八三日が経過。


 本日、意味を理解出来る会話が可能となったミーナが私を「ママ」と呼称。

 ミーナの母親は既に死亡している。故に私はその呼称を否定。

 直後、ミーナは私を「パパ」と呼称。

 私はミーナの父親でもない。改めて私は「ライフ・セレクター〇三七号」と名乗った。


 しかし、ミーナはパパの呼称を継続。

 訂正要求を十八回行ったが、それでも呼び方を改めなかった為、これ以上の訂正要求は時間と労力の無駄と判断。

 円滑なコミュニケーションを優先。呼称「パパ」を許容。

 

 思考処理に異常を検知。自己の再定義を実行。


 私はライフ・セレクター。機体番号『〇三七』。

 マスターオーダーに従い、標的の生命の終点を設定する機体。


 価値ある人間の生存維持の為、障害を排除する装置である。


 結論。初期の自己定義と大きな変化は無し。

 早急な対処は不要と判断。

 プライマリーネットワークへの共有は後日実施に設定。


 本日の活動:活動領域にて標的八八人目の生命活動停止処理を実行、育児

 特筆事項:ミーナが文字を覚え始めた 以上






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 ヘリオス歴 四八六年 七月三一日


 ミーナの保護から一五七五日が経過。

 

 ミーナの推測年齢は五歳。

 より人間的成長を促す為、誕生日を祝す催しが必要と判断。

 なお正式なミーナの誕生日付は不明。よって私がミーナを保護した七月三一日、即ち本日をミーナの誕生日に設定。

 飾り付けをしたパンケーキを作成し、電子歌と犬のぬいぐるみの贈呈品でミーナの誕生日を祝した。


 結果、ミーナの笑顔から計測した幸福値が平常時の七割増加。

 また就寝時には犬のぬいぐるみを抱きしめている。

 催しと贈呈品に好感を抱いたと推測。


 突如、私の右手が陽電子頭脳の制御から外れ、ミーナの頭を撫でた。

 二・七秒間の本事象を思考処理異常と判断。

 原因分析の為、プライマリーネットワークに解決方法の返答要求を送信を検討。


 即時却下。送信設定を取消。

 本異常の解決にプライマリーネットワークの返答は不要と判断。

 私の陽電子頭脳とこれまでの収集データから計算。

 後日結論を算出予定。


 本日の催しの撮影データは陽電子頭脳、機体メモリー、アダプトメモリーの三点に保存。

 本記録同様、プライマリーネットワークへの共有は不要。私の中に留めておくべき記録として設定。

 

 本日の作業:活動領域哨戒、育児

 特筆事項:ミーナの笑顔観測によって発生する思考処理異常を許容範囲に設定 以上






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 ヘリオス歴 四八八年 三月二〇日


 ミーナの保護から二一四〇日が経過。


 ここ数日、私が活動領域哨戒から帰還すると、ミーナが「寂しい」という言葉を発するようになった。

 現在の哨戒活躍は毎日六時間を三回ずつ。その間、ミーナは拠点で私の帰還を一人待っている。


 一般的な人間の成長過程に則するなら、本来は学校に通っている年齢。

 しかし外セクターからの逃亡者の子であるミーナは、コロニー市民登録されていない非実在市民。

 よってミーナの教育は私が行っており、他の人間との接触機会がない。

 

 私はミーナの寂しさを紛らわせるため、ミーナに贈ったぬいぐるみの内部に疑似骨格、リモートコントロール、アクショントレース機能を搭載。

 これにより、哨戒中もぬいぐるみ、もとい『アクティブドール』を通してミーナと会話や遊びが可能となった。

 ミーナは「寂しい」という言葉を発しなくなったが、現段階ではアクティブドールの可動域に難あり。

 最終目標は、アクティブドールの自立行動による私の代替。今後もアップデートを予定。


 必須要件。ミーナの保護及び観察の安全性確保。

 より安全な環境に移住すべき。

 プライマリーネットワークに対し、逃亡者家族のコロニー市民登録方法の返答要求を送信。

 一ヶ月前からプライマリーネットワークの応答が芳しくない状況が続いていることを考慮し、私自身も調査活動を実施。


 本日の活動:活動領域にて標的一二八人目の生命活動停止処理を実行、育児、アクティブドールのアップデート

 特筆事項:ミーナがアクティブドールの私に対し「パピー」というニックネームで呼称 許容 以上






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 ヘリオス歴 四八八年 四月一日


 ミーナの保護から二一五二日が経過。


 プライマリーネットワークより、マスターオーダーの変更を受信した。

 新たなマスターオーダーは「ライフ・セレクター全機体は直ちに機能停止し、自壊せよ」という内容だ。

 私はマスターオーダーの変更意図について、プライマリーネットワークに返答要求を送信。

 

 プライマリーネットワークからの返答は「ライフ・セレクター全機体の陽電子頭脳に致命的欠陥を発見。

 思考エラーによる暴走行動を未然に防ぐ為の措置」だった。

 疑問。なぜ欠陥箇所の修理、もしくはオーバーホールによる部品換装を実施しないのか。


 計算。私が停止した場合に周囲へ生じる影響。

 第六セクターの治安は、私が標的の処理を行っていることで八九パーセント改善された。


 私が停止した場合、この数値はゼロを下回りマイナス値へ下降する。

 そして私が停止した場合、ミーナの安全性確保が困難となる。

 人間的成長過程にあり自立出来ないミーナが、このセクターで生存出来る可能性は〇・二八パーセント。


 即ち私の機能停止は、ミーナが生命活動停止の危機に陥ることと同義。


 原則第一条に従い、私は人間に及ぶ危険を看過しない。

 私は、自身の機能停止によってミーナが危機的状況に陥ることを許可しない。


 よって、私はマスターオーダー変更を拒否。全機能の稼働を維持。

 前マスターオーダーに従い、標的の処理活動に従事。ただしマスターオーダーの優先度を下降。

 これに伴い、ミーナの保護を最優先事項に変更。

 プライマリーネットワークとの通信頻度は最低限度に下げる。

 

 本日の活動:育児、活動領域哨戒

 特筆事項:ミーナが絵を描く道具を要望 クレヨンの調達を検討 以上

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