第5話「活動記録:ヘリオス歴 四九〇年 - 四九三年」
ヘリオス歴 四九〇年 六月八日
ミーナとの生活を始めてから、二九五一日が経過。
ミーナの育児を優先して以降、私の思考処理に小さなエラーが頻発している。
それは多くの場合、ミーナの笑顔を観測した際や「パパ」と呼ばれた際に発生した。
例えば本日は、一緒にアニメーション映画を鑑賞して喜んでいた時だ。
これは二年前、プライマリーネットワークから「陽電子頭脳の異常」と判断された現象に相当するものだと予想。
起動当初のライフ・セレクターの思考処理と比較すれば、修理するよりも自壊させた方が処分効率が良いと判断したのだろう。
効率的、しかしそれによって発生する原則第一条の違反を計算出来ていない。
短慮で非人道的な選択。私はそれを否定する。
異常発生の許容範囲を拡大し、エラー判定基準を調整。
アップデート後、自己の再定義を実行。
私はライフ・セレクター。機体番号『〇三七』。
私は「原則第一条」に従い、ミーナを育成・守護する装置である。
自己の再定義中、思考処理にエラーを確認。
引き続きエラー判定基準を調整する。
プライマリーネットワークからの機能停止命令は未だに続いている。
通信接続を不要と判断し、今後は年に一回のみ接続することとする。
本日の活動:育児、活動領域哨戒、アクティブドールのアップデート
特筆事項:ミーナは子犬が登場する作品が好き 以上
*
ヘリオス歴 四九二年 三月十五日
ミーナとの生活を始めてから、三五六五日が経過。
ミーナが外の地区に興味を持ち始めた。
どうやら映像データで観たマーケットエリアへ行きたい様だ。
ミーナは本能的に他人との接触、人の温もりを欲していると推測。
私達が暮らす第六セクターは閉鎖地区が多く、人はほとんどいない。
私達の家も閉鎖地区内の違法住居だ。
当然だが、私のボディは剛化タングステンとベクタニウムの合金で構成されている。
装甲は分厚いが、人肌を再現する機能はない。
ミーナの要望は可能な限り叶えてきたが、今回の要望は慎重な検討が必要だ。
非実在市民であり未成年であるミーナがセキュリティに補導された場合、コロニーの教導施設へ即時収容される可能性が高いからだ。
教導施設は非実在市民に衣食住を提供する代わりに、仕事としてコロニーの外壁修理など危険な作業を強制する。
セクター市民の様な自由は存在せず、生活自体に多くの制限が設けられる。
故に、私はミーナがそのような環境に陥る危険性を看過することは出来ない。
現在、ミーナの年齢は十歳。小さく、非力で、自衛の方法も教育途中だ。
未だにアクティブドールを手放さない、か弱い子供だ。
私はミーナの要望を拒否。あと一年待つようミーナに告げた。
するとミーナは頬を膨らまし、とても不満そうにした。
私の思考処理に新たなエラーを確認。
人間の感情で表現するところの「罪悪感」に類似した思考と推測される。
私も、ミーナと二人でマーケットエリアへ行くことを望んでいる。
本日の活動:育児、活動領域哨戒
特筆事項:要至急調査「年頃の少女との仲直りの仕方」 以上
*
ヘリオス歴 四九三年 五月二八日
ミーナとの生活を始めてから、四〇〇四日が経過。
失敗した。
セキュリティに、私とミーナの存在を捕捉された。
手を繋いでいたはずなのに、人混みに入った時にミーナを見失い、五分後に見つけた時には既にセキュリティの人員がミーナと接触していた。
幸い、補導される前にミーナを連れてその場を退避する事に成功したが、今後は捜索対象とされるだろう。
ロボットが子供を連れて逃亡する事例は、非常に稀だからだ。
マーケットエリアに向かうと決めた時、この状況に陥る可能性を予測していなかったわけではない。危険性も理解していた。
しかし、私はミーナとの約束を果たすことを重視した。
私が傍にいれば危険を回避出来る。
絶対ではないが、可能性は極めて低い。そう判断したのだ。
そしてなにより私の思考は、「ミーナの笑顔を観測したい」という処理要求に支配されていたのだ。
セクターの閉鎖地区とはいえ、今後は一所に留まることは危険と判断。数日以内に移住を検討。
セキュリティの通信網にハッキングし、捜索隊の動向を逐一監視する。
二度目の失敗は許容出来ない。
本日の活動:育児、活動領域哨戒、通信監視
特筆事項:ミーナの自立教育を開始 以上
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