第2話「四八六一個のメモリー」


 ライフ・セレクターの損傷状況は、実際には目視の五割を超えていた。


 右脚は付け根部分から消失し、切断面はエネルギーライフルで溶かされた跡がある。

 対して左脚は第一関節部から先が無く、こちらは衝撃によって折れた様に見える。

 右腕は肘のアタッチメント接続が解除され、その先が無い。

 恐らく腕の代わりに遠距離系の銃火器を装着していたと思われる。

 そして指先まで残っていた右腕も、剥がれた装甲の下を這う導線が完全に断裂している。

 数百通りの表情アイコンをユーモアに写すはずの胸部モニターは破壊され、ひび割れと大きな弾痕が目立つ。

 頭部のレンズだけは辛うじて傷が少ないものの、既に内部の駆動機関や陽電子頭脳は破壊されている。


 つまり、再起動は不可能だ。


 破損個所は全体のおよそ七割。

 こうなるとデータ解析による調査は難しく、やはり解体して部品を一つ一つ調べていくしかない。


「さて、どこからバラしていくか……」


 改めて機体を眺め、解体し易そうな場所を探していく。

 衝撃によって歪んでいたり破損しているところはサポートアームなどが使えず、逆に解体が面倒なので、なるべく無事な箇所から始めたい。

 そうすると必然的に解体箇所が定まる。大きなレンズを持つ頭部だ。

 僕はスキャンしたデータをサポートアームに送信すると、サポートアームはライフ・セレクターの頭部を捕捉し、データを基にして迷いなく解体を始めていく。


 このまま問題が無ければ五分程度で解体は終了するだろう。


「こっちはこのまま任せて……サーバーに潜るか」


 その間、僕はミールドリンクを飲みながら携帯端末を操作する。目的はライフ・セレクターについてのデータ漁りだ。

 サーバー検索すると、実稼働から廃棄まで短かったからか、関連情報が少ない。

 その中でも、表示されたデータ一覧にはとある共通のワードが散見された。


「『リブラ』……当時の新型陽電子頭脳……開発者はラズモンド・マーテイラー博士」


 マーテイラー博士といえば、第三スペースコロニーにおける陽電子頭脳開発の第一人者であった人物だ。

 ロボット研究者の末端のさらに端である僕でさえ憧れを抱いた偉大な人物だが、七年前に不慮の事故で亡くなっている。

 ご存命だったなら、ロボット界の巨星となっていたことは間違いない。


『リブラ』という名の陽電子頭脳については、名前だけは知っている。

 この陽電子頭脳の発表直後に、ラニング工学賞を受賞していたはずだ。

 だが、僕はリブラを搭載したロボットを一度も見たことがない。

 おそらくかなり高性能な陽電子頭脳であったにも関わらず、実用例や搭載機体を耳にしたことがない。

 なにか理由があるのだろうか。

 今度はリブラについて検索しようと指を動かす。


『異物を検知しました。解体対象の再スキャンとデータ更新を推奨します』


 検索ボタンを押そうとしたその時、サポートアームから警告アナウンスが上がった。


「異物?」

『直径三〇ミリメートル、厚さ二ミリメートルの四辺形物体です』


 どうやらライフ・セレクターの頭部の中に、本来あるはずのない物体があったらしい。

 外部には損傷が無く、異物の大きさは弾丸とは違う。

 ならば確認する必要がある。


『異物を排除し、作業を継続しますか?』

「作業を一旦中止。異物をマーキングしてくれ」

『了解』


 異物に対してサポートアームから光線を照射させ、僕は対象を視認する。

 サポートアームが異物と判断したそれは、四辺形のデータチップの様だった。

 片手でチップを取り外し作業台に乗せて確認すると、やはりデータチップ、それも一般的なハードウェアにも使用される様な外付け用のメモリーディスクだ。

 陽電子頭脳があるロボットにはこの様な記憶媒体など不要なはずだが、なにか理由があるのかもしれない。

 僕はそれをウイルスチェックに掛けてから、対応するアダプターを通して携帯端末に出力する。


 チップの中には、一つのフォルダが入っていた。


 早速フォルダを展開すると、中には「四八六一」個の文書ファイルが収納されており、一つ一つに日付タグが付与されている。

 僕はその中の一番古いファイル、今からおよそ十三年前のものを展開し、中身を確認する。




『ヘリオス歴 四八二年 七月七日


 本日より、当機の活動記録を開始する。

 本作業は陽電子頭脳内で検知した思考処理異常の分析、及び異常の再発防止として自己の再定義を行う為のものとする。

 本データは二十四時間に一度必ず記録し、全てアダプトメモリーに保存。

 他のライフ・セレクター機体への共有、及びプライマリーネットワークへのアップロードは実施しない。


 本日の活動:活動領域の哨戒、自己アップデートの実施 以上』




「これは、もしかして……」


 その文章からは、なんともロボットらしい語り口の堅苦しさがありながら、どこか「他人には見せたくない」という感情が読み取れた。


 そして、これは僕たち人間も行うし、他人には決して読まれたくないものだ。


「日記?」

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