第7章 神々
第31話
「月夜、クッキーは持ったか?」
「クッキーって、何?」
クリスマスになった。イヴではない。正真正銘の当日だ。月夜の家には、サンタクロースはやって来なかった。当たり前だ。よく、父親がサンタクロースだから、サンタクロースは存在しない、といった主張を耳にするが、それは論理的に間違えている。父親がサンタクロースだったからといって、世界のどこにも、サンタクロースは存在しない、というわけではない。あなたの家では、サンタクロースの役を父親がやっていた、というだけであって、サンタクロースは、世界のどこかにはいるかもしれない。反対に、いないことを証明するのは、ほとんど不可能だといって良い。悪魔の証明、というやつだ。
「クッキーとは何か、だって?」歩きながら、フィルが言った。「小麦粉を使った、焼き菓子のことに決まっているじゃないか」
「今、手には持っていない」
「じゃあ、その、手提げ鞄の中に入っているんだな。分かった」
「うん、入っているよ」
「いちいち、面倒臭い手順を踏まないと、話が通じないようだ」
「どうして、話が通じないの?」
「まあ、主体が見ているものと、客体が見ているものでは、まったく違う、ということだろう」
「どう違うの?」
「つまり、視点が違う。見えるものと、見えないものが、それぞれある。鏡を通して自分を見ることはできても、その行為をしている自分を、背後から見ることはできないだろう?」
「できない」
「そういうことさ」
「どういうこと?」
月夜は、帽子を被ってこなかった。紗矢は、サンタクロースの帽子を被ってきてほしい、と言っていたが、そんなものは持っていないので、被ることはできない。それでは、別の帽子を被っていこうか、という議論をフィルとしたが、そんな必要はないと判断して、結局、何も被っていかないことになった。
便箋と、封筒は、紗矢に言われた通り持ってきた。筆記用具も持っている。けれど、今日はクリスマス当日だから、今からサンタクロースに手紙を書いても、もう意味がないだろう。月夜は、それを分かっていて、昨日は紗矢の所に行かなかった。どうしてそんな選択をしたかというと、これが特に理由はない。たまたま、事の成り行きで、そうなっただけだ。事の成り行きとはおそろしいものだ、と月夜はまるで他人事のように考える。事実、その通り、彼女にとっては他人事だ。まさか、紗矢も、サンタクロースに手紙を送ったら、本当にプレゼントが貰えるとは考えていないだろう。
ビンゴについても、そんなものは持っていないから、今日はやるつもりはなかった。近所の店を探しても、見つからなかった。
時刻は午後六時だ。もう空は暗い。完全に夜といって良い。パーティーをするのだから、やはり、夜だろう、というフィルの意見を採用して、月夜はこの時間帯に紗矢の所に行くことにした。
「それじゃあ、今日のイベントは、サンタクロース宛に、手紙を書く、ということだけか?」草原に立ち入ったとき、フィルが尋ねた。
「うん」
「なんとも、寂しいクリスマスだな」
「そうかな?」
「しかも、届かない手紙を、二人で書くのか」
「そうなるね」
「なかなかシュールだな」
「そうかな……」
「月夜は、そういう意味のないことが好きなのか?」
「特に、好きだと感じるものは、ない」
「何も?」
「好きと、嫌いの、境界がはっきりしていないから、何も言えない」
「相変わらずだな」
「フィルは、意味のないことが好き?」
「意味がある方が、好きだな」
「自分みたいに?」
「それ、どういう意味だ?」
「ごめんなさい、適当に言いました」
「どうして、突然敬語になる?」
「敬いたかったから」
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