第28話

 家に着いた。玄関を開けて、中に入る。買ってきたものを所定の位置に仕舞ってから、硝子戸を開けて、月夜はソファに座った。フィルも彼女の膝の上に乗る。


「今日は、紗矢の所には、行かない」月夜は言った。「今度、クリスマスパーティーをするときに会うから、それでいい」


「そうか」


「フィルは、何がしたい?」


「それは、何の話だ?」


「クリスマスパーティー」


「俺は何もしたくない。その間、眠っていよう」フィルは話す。「そういえば、紗矢が、サンタクロースの帽子を持ってこい、とか言っていたが、あれは、どうするつもりなんだ?」


「持っていないから、持っていけない」


「当たり前だな」


「普通の帽子じゃ、駄目かな?」


「ないよりは、あった方がましなんじゃないか」


「あっても、ないのと、変わらないかもしれない」


「まあ、サンタクロースのものでなければ、持っていく意味はないかもな」


「あと、サンタクロースに手紙を書くために、封筒と、便箋を、用意しないといけない」


「それくらい家にあるだろう?」


「ある、はず」


「はず?」


「手紙なんて、書かないから」


「書かないで、どうするんだ?」


「読む」


「貰うのか? 誰から?」


「貰ったことは、あまりない」


「だろうな」


「ねえ、フィル」月夜はフィルの黄色い瞳を見る。「私の傍にいるのは、どうして?」


「お前の近くが、居心地が良いからだ」


「本当に? それだけの、理由?」


「そうさ」


「嘘、吐いているんじゃない?」


 フィルは月夜をじっと見つめる。


「どういう意味だ?」


「ううん、深い意味はないよ。ただ、何か、考えていることがあるんじゃないかな、と思って」


「俺が、そんなことをするように見えるか?」


「少し、見える」


「何も考えていないさ」


「うん……」


「信じられないんだな」


「信じては、いるよ。でも、論理的な思考と、感情的な判断は、無関係だから」


「なるほど」


「どうして、私の傍にいるの?」


「紗矢に、そうするように言われたからだ」


 月夜は黙った。フィルと数秒間見つめ合う。


 フィルの瞳は、とても綺麗だった。この場合の綺麗とは、果たしてどういう意味だろう、と月夜は思考する。おそらく、エネルギー効率が良い、という意味ではない。それは確かだ。では、自分にとって利益になる、という意味か。それは、もしかすると、そうかもしれない。フィルの瞳を見ることで、何かは分からないが、自分にとって、利益になるものがある。結果的に、それを綺麗と感じる、という可能性もなくはない。


「どうして、紗矢はそんなことを頼んだの?」


「それは、知らない」


「どうして、知らないの?」


「禅問答だな。知らないものは、知らないんだ」


「教えて」


「月夜」


「何?」


「綺麗だよ」


「どうもありがとう。でも、それと、これとは、関係がないよ」月夜は微笑む。


「紗矢に、直接訊いてくれないか」


「君は、教えてくれないの?」


「ああ、教えられない。これ以上は、無理なんだ」


「どうして、無理なの?」


「どうして、という問いには、答えられないことが多い、ということを、知っておいた方がいい」


「知っているよ。でも、問いかけるのは自由だよ。たとえ、君が、それで、答えてくれないとしても、私が問いかけるのは、自由だよ」


「折れる気がないな」


「うん……」月夜は少し俯く。「……ごめんね」


「謝る必要はない」


「でも、ごめんなさい」


「泣かないでくれ」


「泣いていないよ」


「そう……。しかし、泣きそうだ」


「私も、泣くかもしれない、と思った」


 フィルは面白そうに笑った。


「紗矢に、直接訊くんだ、月夜」フィルは話す。「それが、お前にとっても救いになる」


「救い? どんな?」


「救いというものに、種類はないんだ」


「そっか」


「ああ、そうだ」


「フィルは、誰のもの?」


「誰のものでもない。俺は、お前の傍にいるよ、月夜」


「できるなら、紗矢の傍にいてあげてほしい」月夜は伝える。「それが、君の役割なんじゃないの?」


「……どうして、そんなことを言う?」


「……何が?」


「いや……」フィルは言った。「なんでもない。気にしないでくれ」


 月夜は、言われた通り、気にしなかった。


「紗矢は、お前を大層気に入っている。お前は、それに応えてくれるだけでいいんだ。それ以上は望まない。あいつのためにも、お前のためにもな」


「うん」


「紗矢と、仲良くしてやってくれ」


「うん、するよ」


「どうもありがとう」


「どういたしまして」


 カーテンが揺れる。室内の空気が入れ替わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る