第24話
一日はまだ始まったばかりだ。腕時計を見ると、針は午前九時四十五分を示している。朝の空気はひんやりとしていて、とても心地が良い。寒くは感じなかった。傍に二人がいるからかもしれない。
目の前に小さな枝が落ちていたから、月夜はそれを拾った。
冬休みを、どうしようか、と彼女は考える。特にこれといった予定はない。月夜が通う学校は、なぜか冬休みが多少長い。その分、夏休みが短かった。プラスマイナスゼロなので、どちらの方が得か、という話にはならない。けれど、新年を迎える前の連休が長いと、少しだけ余裕が生まれる気がする。夏休みは、はっきりいって長すぎる。そんなに長期間休みでも、あっという間にやることはなくなってしまう。もっとも、彼女はもともと勉強と読書しかしないから、休みが長くてもまったく問題はなかった。
「紗矢は、ここから出られないの?」月夜は質問する。
「うん……。出られないわけじゃないけど、出たくないかな……」
「紗矢にとって、ここはお墓みたいな場所?」
「お墓?」
「もう、死んでしまったから」
「ああ、そうかもしれないね。外に出ても、仕方がないから……。何もできないし」
「何もできないの?」
「うーんと、私から干渉することはできない、という意味だよ。私の姿が見えるのは、ほんの一部の人だけ。だから、月夜は特別だよ。私だけじゃなくて、フィルの姿も見えているし。きっと、月夜には、何かあるんだろうね」
「何かとは?」
「普通の人にはない、何か」
「普通の人、とは?」
「質問が好きだね、月夜」
「ほかの人にも、そう言われたことがある」
「自覚はないの?」
「少し、ある」
「面白いなあ……。月夜は、普段、どんなことをして過ごしているの?」
「学校に行っている間? それとも、家にいる間?」
「どっちも」
「学校に行っている間は、授業を受けて、夜になったら、本を読んでいる」
「夜って……。……夜まで学校に残っているの?」
「そうだよ」
「そんなことをして、いいの?」紗矢は尋ねる。「先生に、怒られたりしない?」
「ほかの人には、ばれていない」
「へえ……。どうして、そんなことができるんだろう……」
「家にいる間は、勉強して、気が向いたらご飯を食べて、お風呂に入って、テレビを見て、本を読んでいる」
「健康的だね。フィルも一緒?」
「一緒のことが多い」
「一緒じゃないこともあるの?」
「ときどき、散歩に出かける」
「もう、ちゃんと相手してあげなよ、フィル」紗矢はフィルに声をかける。「そんなだから、いつまで経っても結婚できないんだよ」
「そんなことはない」フィルは抗議する。
「猫は、結婚するの?」月夜は訊いた。
「しないね」
「紗矢は、結婚したかった?」
「私? 私は、うーん、どうだろう……。できるなら、したかったかもしれないけど」
「まあ、一人ではできないからな」フィルが言った。
「煩い」
「事実を言ったまでさ」
「事実も何も、どうして、君がそんなこと言えるわけ?」
「フィルは、紗矢と結婚してあげないの?」月夜は尋ねる。
「どうして、俺が、こんなやつと結婚しなくちゃいけないんだ?」フィルは言った。「そんなことは、死んでもしないだろうね。もう、死んでいるが」
「私とは、してくれる?」
「しない」
「どうして?」
「どうしてもだ」
そう言ったきり、フィルはそっぽを向いてしまった。
「どういう意味?」月夜は紗矢に訊く。
「うーん、別に、深い意味はないんじゃないかな……。……彼、すぐ照れちゃうから」
「そうなの?」
「違うね」そう言うと、フィルは紗矢の膝から飛び降りて、茂みの中へ駆けていった。
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