第23話

 前回聞いた内容と重複していたので、月夜は具体的な質問をした。


「紗矢は、彼を愛していた?」


「うん、まあ……」紗矢は曖昧に答える。「自分では、そのつもりだったけど……」


「彼が、死のうと思ったのは、どうしてだと思う?」


「だから、生きるのが辛かったから、じゃないかな」


「どうして、生きるのが辛い、と感じたんだろう?」


「さあ、……。でも、そういうことって、あるよ。彼の場合、そう思うことが多かったんじゃないかな。……私には、分からない。一緒にいても、分からなかった」


「紗矢は、彼が死のうとする前から、彼に、死んでほしい、と言われたら、死ぬ覚悟があったの?」


「うーん、どうだろう……。それは、難しい質問だよね。口ではそう言えても、実際にできるかと言われたら、戸惑うと思う。まあ、結果的に、そうしたんだけどね」


「それは、誰のため?」


「誰のためって、どういう意味?」


「紗矢が死ぬことで、救われたのは誰? あるいは、救われるはずだったのは、誰? 紗矢? それとも、紗矢の彼氏?」


 紗矢は、じっと月夜の顔を見る。月夜も彼女の顔を見つめ返した。


 紗矢は目を逸らす。


 それから、少しだけ悲しそうな表情をして、答えた。


「たぶん、私」


 月夜は首を傾げる。


「うん、そう……。本当は、彼を救うためなんかじゃなかった。そうすれば、彼が満足するって、思ったのは本当だけど……。……でも、それは、自分自身のためだった。そうすれば、自分が救われるんだって、自分に価値を見出せるんだって思った」


「今でも、そう思っている?」


「どうかな……」紗矢は笑う。「もう、分からないよ」


「話してくれて、ありがとう」


「どうして、感謝なんてするの?」


「感謝したい、と思ったから」


「月夜は、自分に素直だね」


「そうかもしれない」


「彼氏は、いるの?」


 月夜は考える素振りをする。


「いる、と思う」


「曖昧だね。もしかして、片想い?」


「うーん、どうかな……」


「そっか……。……でも、私たちみたいにならないように、願っているよ」


「願わなくても、そうはならない」


「本当に? 自信家だね。何か根拠でもあるの?」


「根拠は、ない」


「へえ、それは凄いなあ……。私も、そんなふうに、強く生きたかったよ」


 月夜は、自信家だ、と言われた理由が分からなかった。自分でそんなふうに思ったことはない。むしろその反対だと思っている。何をするにしても、彼女が自分に自信があると感じたことはなかった。


「どうして、紗矢はここにいるの?」


 顔を前に向けて、月夜は質問した。


「なんか、ここにいると落ち着いてさ」紗矢は答える。「静かで、いい場所でしょう? こんな場所、もう、どこに言ってもそうそう見つからないよ。滅多に人は来ないし、忘れ去られたような静けさが、性に合っている、と思って……。私も、昔は、そんなこと思わなかったんだ。でも、死んでから、ああ、こういう場所もいいな、と思うようになった」


「私の家は、このすぐ近くにある」


「そうなの? どこ?」


「この山の、裏」


「裏?」


「もしくは、表」


「表?」


「草原を抜けた先」


「そっか。じゃあ、フィルは、そこまで考えて、君を呼んだのかな」


「そんな思慮はしていない」フィルが突然口を利いた。「勝手な想像をするな」


「でも、絶対そうでしょう? ほかに理由なんてないし」


「まあ、お前に何も言っても、通じないだろうな」


「じゃあ、そういうことにしておくよ。どうもありがとう、お節介さん」


「ああ、どういたしまして」


「もしかして、機嫌を損ねちゃったかな?」そう言いながら、紗矢はフィルの腹部を擽る。


「やめろ」フィルは紗矢の手を払った。「気安く触らないでくれ」


「酷いなあ、まったく……」


 月夜は二人の様子を観察する。特に喧嘩をしているわけではなさそうだ、と思って、彼女は二人のやり取りに干渉しなかった。

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