第5章 色々
第21話
学校が終わって、冬休みに入った。冬休み、という言葉に、ほかの生徒はどのようなイメージを持っているのだろう、と月夜は思う。彼女はといえば、特にこれといって特別なイメージは持っていなかった。ああ、休みか、という程度でしかない。たしかに、夏休みよりは、冬休みの方が、穏やかなイメージはある。けれど、それは、きっと、気候的なイメージに起因しているのだろうし、仮に日本の入学制度が変わって、九月から学校が始まるようになれば、そんなイメージも多少は変化するかもしれない。いや、その前に、気候的なイメージと、日本の入学制度の間に、どんな関係があるのだろう、と月夜は考える。彼女には、ときどき、こんなふうに思考が飛躍することがあった。きっと、彼女が意識していないどこかに、その理屈を補強する何かが存在している。しかし、多くの場合、それを認識することはできなかった。
「何を考えているんだ?」
月夜の隣を歩くフィルが、彼女の足もとから声をかける。
「ん? 何も……」小首を傾げて、月夜は答えた。
「そんな格好で、寒くないのか?」
月夜は自分の服装を確認する。十二月を迎えても、彼女はコートを着ていなかった。
「特に、寒くは、ない」
「女生徒は、必ず、スカートを履かなくてはいけない、というルールでもあるのか?」
「服装は、自由だったと思う」
「私服でも?」
「ううん、男子用と、女子用の、どちらでもいい、という意味」
「なら、ズボンにすればいいじゃないか」
「今さら、新しいものを買おうとは思わない」
「分かった。寒くないんだな」
「うん。寒くない」
「お前の身体は、もともと、冷たいからな」
「そうかな」
「ああ。そして、その瞳も」
二人で、紗矢が住む山に向かう所だった。向かうと言っても、目と鼻の先なので、全然大した距離ではない。英語で言えば、put in という感じか。自宅の玄関を出て、右に曲がるとちょっとした坂があって、その坂の途中に開放的な草原がある。どうして、そこが、そんなふうに空き地になっているのか、月夜は知らなかった。かなり昔からこういう状態になっている。誰かが引っ越して土地が余ったから、というわけではなさそうだ。
草原を横切って、石造りの階段を上ると、山への入り口が見えてくる。木の根が張り巡る土の道を進んだ。左右には木々が立ち並んでいて、二人の来訪を歓迎している。今日は曇っていたから、木漏れ日の恩恵は受けられなかった。
「月夜は、自然が好きか?」フィルが訊いた。
「自然、とは?」
「木や、葉が、傍にある環境のことだ」
「好きだよ」
「人工物と、自然なものなら、どちらがいい?」
「私には、二つの違いが分からないけど」
「それ、言うと思ったよ」
「どうして、言うと思ったの?」
「なんとなくな。経験則、というものか。少しずつ分かってきたんだ、月夜が言いそうなことが」
「人が、地球に誕生した時点で、自然、というものは消えてしまった」
「そうかもしれないな……。しかし、俺は自然なものだよ」
「うーん、どうだろう」
「月夜が、もし、子どもを産んだら、それは自然なものと思えるか?」
「それこそ、自然、ではない。人為的、つまり、人工的」
「その理屈は、なかなか素晴らしい」
「どう素晴らしいの?」
「いや、別に」フィルは横を向く。「なんとなく、そう言いたかっただけだ」
間もなく、神社があるエリアに到着する。石段に少女が一人座っていた。
紗矢は、俯いて目を閉じていたが、二人が傍に近づくと、すぐに顔を上げてこちらを見た。
首を傾けて、紗矢は笑顔で手を振ってくる。
月夜もそれに応えた(しかし、笑顔ではない。ここが大事なポイントである)。
月夜は紗矢の隣に腰をかける。フィルは、紗矢の膝の上に乗って、大きな欠伸をした。
「今日は、早かったね」紗矢が笑顔で言った。「朝ご飯、食べてきた?」
「ご飯は、食べない」月夜は答える。
「お腹空かない?」
「空かない」
「そう……。不思議だね、月夜って」
「そう、かな……」
「うん。そんな感じがするよ」
「自分では、分からないけど、君がそう言うなら、そうかもしれない」
月夜がそう言うと、紗矢はにっこりと笑った。
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