第17話

「どうした?」


「いや、なんとなく、そうしようかな、と思って」


「変なやつだな」フィルは笑う。「それで、何か、気になるのか? そんな行動じゃ、俺の気は逸らせないぞ」


「うん……。気になる、というのは、間違っては、いないかもしれない」


「ほう。珍しいな。月夜が、素直に、俺の指摘を受け入れるとは」


「いつも、素直にしている」


「まあ、そうだな。そう……。素直、ではある」


「紗矢が、自殺した理由を、もう少し、詳しく、知りたい、と思った」月夜は説明する。「彼女の思考を、もっと知りたい。どうしてか分からないけど、そう感じた。いや……。たぶん、自分にも、似たようなところがあると思ったから、そんなふうに感じるたんだと思う。……私も、自殺、という観点には、興味がある」


「自殺したいのか?」


「したくはない」


「概念的な、自殺、というものが気になる、という意味だな?」


「そう」


「そうか……」


「何が、そうか、なの?」


「いや、特に深い意味はない」フィルは話した。「ただ、たしかに、そうだな……。人間は、一度死んだら、もう、生き返れないからな。俺は、死んだと思ったら、すぐに生き返ることを繰り返した。いや……。というよりも、死とは無縁の人生だった、と言った方がいいかな」


「どういう意味?」


「九つの命をすべて使い果たす前は、自分が死んだ瞬間には、それを知覚することはできなかった。あとになって、自分が、いくつ目の命に切り替わった、ということに気づいた。しかし、九つ目の命を使い果たしたときは、すぐに分かったよ。ああ、俺は、今、死んだんだなってな……。けれど、俺はこの世界から消えなかった。どうしてだと思う?」


「どうして?」


「少しは、考えろよ」


「考えても、情報が不足しているから、答えは出ない」


 フィルは口元を上げる。


「死にたくなかったからさ」フィルは言った。「俺は、いつ死んでもいいと思っていた。でもね、死んでから、気づいたんだ。ああ、死んだら、この世界から消えなくてはならないんだって……。俺は、自分で思っている以上に、この世界を愛していたみたいだな。それと、もう一つ、紗矢がこの世界から消えなかったから、ということも関係している」


「この世界のほかに、どんな世界があるの?」


「さあ、俺は知らないよ。ただ、いわゆる、あの世、というやつがあるみたいだな」


「君は、あの世には、行きたくなかったの?」


「そう」


「どうして?」


「だから、この世界が、好きだったからだ」


「あの世に行ったことがないのに、どうして、この世界の方がいい、と思えるの?」


「その心理が、理解できないのか?」


 月夜は、再び黙って考えた。


「いや、理解はできる」


「つまり、お前の質問は、では、どうして、そんな心理が生じるのか、ということだな?」


「そう」


「その答えは、俺にも分からない。神様にでも、訊いてみないとな」


「神様は、どこにいるの?」


「いないんじゃないか、と俺は思っている」


「では、この世界を作ったのは、誰?」


「誰かが、意図的に作ったわけじゃない。たまたま、生命が生まれてしまったんだ。それ以外にはない。それとも、神様が、どこかにいるとでも思っているのか?」


「思っていない」


「神様は、存在しない」フィルはもう一度言った。「人間は、根本的な部分を勘違いしている。だから、宗教が生まれるし、戦争も起きるんだ。馬鹿馬鹿しいね。神様がいると考えているのに、どうして、戦争なんてするんだ? 神様が、そんなことを望んでいるとでも思っているのか? そんなはずがない。仮に、本当に神様がいたとしても、もう、とっくに、人間のことなんて見捨てているよ。あとは、勝手に滅びるのを待つだけだ。人間を含めて、生き物は、すべて神様の失敗作だったのさ」


「どうして、そんなふうに考えるの?」


「考えてはいない。今、思いついただけだ」


「そっか」


「そろそろ、眠くなってきたか?」


「ならない」

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