第14話
紗矢に促されて、月夜は彼女の隣に腰をかける。ここからでは、遠くの景色は見えなかった。たった今歩いてきた道が見えるだけだ。そして、鬱蒼と茂った木々。それ以外には、特に目につくものはない。風が吹く音が聞こえるだけで、あとはとても静かだった。
「君は、私のために、来てくれたの?」
静寂に溶け込むような声で、紗矢が尋ねた。
月夜は、隣に顔を向けて、小さく頷く。
「そうです」
「敬語はいらないよ。面倒だし、疲れるから」
月夜は、面倒と、疲れるのは、並列関係ではない、と思う。
「どうして、私が、必要なの?」月夜は質問する。
「うーん、どうしてかなあ。あ、フィル、もしかして、ちゃんと説明しなかったな?」
「俺は、説明した」フィルが、紗矢の膝の上で答える。「そいつは、すべて理解している」
「すべては、理解していない」
「まあ、いいさ。ちゃんと伝わっているはずだ。つまり、暇人が、暇潰しをしたい、という趣旨の内容だ」
「別に、暇人じゃないし」紗矢が頬を膨らませて言う。
「同じようなものさ。一度死んだものは、現世に残っている限りは、暇だ」
フィルと、紗矢は、どうやら知り合いらしい。普通に話しているのだから、当たり前だ。そして、月夜は、フィルの知り合いが、自分しかいない、とは思っていなかった。その可能性は、当然存在する。だから、月夜は、二人の関係については、今は触れなかった。
フィルによれば、紗矢は物の怪らしい。彼の言う物の怪とは、一度死んだにも関わらず、まだこの世に存在しているもの、という意味みたいだ。それはフィルも同じだから、フィルと紗矢は同じ存在、ということになる。だから、彼らが知り合ったのが、死ぬ前なのか、死んだあとなのか、月夜には分からなかった。しかし、どちらでも良い。違いはあまりない、と彼女は思う。自分と、彼らの間にも、違いは全然ないかもしれない。現実とは、結局のところその程度のものだ。干渉できるなら、すべて現実になりえる。
「ねえ、君と、フィルは、どんな関係なの?」紗矢が質問した。
「どんな関係、とは?」月夜は首を傾げる。
「え、いやあ、なんていうのか、ねえ……」紗矢は言った。「もしかしたら、恋人だったりするのかな、と思って」
「うん、そうだよ」
「え?」紗矢はフィルを見る。
「どうして、私を呼んだの?」月夜は尋ねた。
「どうしてって、暇だからだよ」
「何も、することがないの?」
「そうそう……。ときどき、こうやって、フィルと会って話しているんだけど、それにも、ちょっと、飽きてきちゃって……。あ、私とフィルはね、もともと、飼い主と、ペットの関係だったんだけど、その、事情があって、お互い死んじゃってさ」
紗矢は笑顔で話す。
彼女とフィルの関係を聞いて、月夜は、なるほど、と思った。別に、得心するような内容ではない。大方そんなものだろう、とは思っていた。しかし、想像していたよりも関係が深そうで、そういう意味では、月夜は少し意外だった。
「月夜は、人と話すのは嫌い?」
紗矢は脚をぱたぱたと動かして、彼女に質問する。
「嫌い、ではないけど、苦手、かもしれない」
「そっかあ……。でも、私、嫌いじゃないよ、そういうタイプ」
「そういうタイプ、とは?」
「苦手、と言いながらも、快く、会話に付き合ってくれる、みたいな、そういうタイプ」
「うん」
「また一人、友達が増えて、よかったよ」
「よかった、のなら、私も、よかった、と思う」
「月夜、なかなか面白いじゃん」紗矢の声は弾んでいる。「いいよ。もっと、性格を出していこうよ」
「性格を出す、とは?」
「え? そりゃあ、もう、ねえ……」
「もう、ねえ、の、意味が分からなかった」
「そうそう、そういう感じだよ」
「そういう感じ、というのは、どういう感じ?」
「打ち上げで、色々と取り仕切る、幹事」
音声情報だったから、月夜には紗矢の冗談は通じなかった。
冬だというのに、紗矢は夏用の制服を着ている。ここで、月夜は、初めて、彼女が自分と同い年くらいであることに気づいた。そう……。当たり前すぎて、気づかなかったのだ。紗矢は、きっと、高校生のときに死亡した。だから、そのままの姿で、今、こうして、この空間に居座っている。たぶん、幽霊や、物の怪は、成長したくてもできないのだろう。それは、確実なことではないが、月夜はそういうふうに解釈した。
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