第12話

 定期券を使って改札を抜け、月夜は電車に乗る。空いている車内で椅子に座り、窓の外を見ながら、今日、自分は、誰に会うのだろう、と考えた。


 考えてみれば、フィルという存在が、そもそも奇怪だ。彼は、自分はすでに死んでいる、と話していたが、それは本当だろうか? 本当だとしたら、どうして、彼は死んだのだろう? まあ、原因はなんでも良いが、死んでいるのに、なぜ自分は彼を認識でるのか、という点が、彼女は最も疑問だった。


 しかし、その疑問に対する答えは、すでに出ていた。それは、自分が、彼を認識したいから、にほかならない。月夜は、数日前に、ちょっとした別れを経験した。別に、特筆するようなことではなかったが、それは、彼女にとって間違いなく喪失と呼べるもので、心の拠り所というか、精神的な何かを支えていたものが、突如として、どこかへ消えてしまった、という感じだった。その経験を通して、月夜は、自分が、本当に脆い人間であることを自覚した。そもそも、人間は誰しも脆いのかもしれない。


 きっと、その別れを経験したことで、自分は、今までとは異なる、別の拠り所を求めたのだろう。


 それが 彼女の場合、たまたまフィルだった。


 だから、彼女には、彼の姿が見えた。


 単純なことだ。


 見ようとしなければ、目の前に酸素があるとは思わないのと同じように、心の拠り所となる何かが存在していてほしい、と思わなければ、フィルの姿が見えることもなかった。


 だから、そういう意味では、フィルは幻想かもしれない。


 しかし、前にも一度考えたことだが、そもそも、現実というものは、どこにも存在しない。


 反対に、認識できるものは、すべて現実だ、ともいえる。


 したがって、月夜にとってフィルは存在する。


 だから、今のところはそれで良い。


 さて……。


 では、そう考えたとき、フィルが言う物の怪とは、いったいどのような存在なのだろう、という疑問が浮上することになる。


 月夜は、現在、フィル以外の存在を求めていない。彼がいればそれで良い。けれど、今度は、そのフィルが、自分に会ってほしい人(正確には、人ではない)がいる、と話した。それは、もしかすると、その相手が、自分のような存在を求めている、ということかもしれない。それなら、多少問題点はあるが、説明はつく。自分が求めているのではなく、自分が求められているのだ。


 自分は、本当に、その求めに応じるべきか、と月夜は考える。


 しかし、協力するしかない。


 いや、協力したいのだ。


 協力しないと気が済まない、ともいえる。


 目的地に到着して、月夜は一人で電車を降りた。一緒に降りる者はいない。彼女と同じ学校に通う生徒も、この時間は一人もいなかった。それは、いつものことだ。月夜の周囲には、基本的に人は集まらない。おそらく、彼女はそういう性質を持っているのだろう。静電気を帯びているみたいに……。


 細長い道を、一人で歩く。


 踏み切りが赤いランプを点滅させていたが、警鐘のテンポとは若干ずれている。


 それは、どうしてだろう?


 どうでも良かった。


 自分も、きっと、そんなふうに、ほかの人とはずれているのだろう、と彼女は思った。

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