ぼんやりしがちな日々

 結婚式の効果は覿面で、メルノが悪意ある知らない人に声をかけられる事案はほぼなくなった。

 例えよこしまな動機で声をかけてくるやつがいても、近くにいる人がすぐに青い顔して止めに入ってくれるそうだ。


 リオハイル城下町で行われた想像以上の大規模パレードで、メルノの顔をしっかり見ることのできた人は、そんなに多くない。

 それなのにメルノに破落戸が近づかない理由は、僕が結婚した事実と耳のピアスの色、メルノの容姿の噂が広まったためだ。


 トイサーチ在住の冒険者かつシルバーブロンドで小柄な既婚女性といえば、メルノにしか当てはまらない。

 更にあの素晴らしいウェディングドレスがよく似合ったメルノは、妖精だとか天使だとかと褒めそやされた。メルノ本人は「大袈裟です」と謙遜している。真実でしかないのに。


 僕は真逆に、魔王だとか鬼神だとか言われるようになった。こうなってくると黒の竜討伐者ドラゴンスレイヤーの二つ名が懐かしい。


 それぞれ理由は、やはりパレードだ。

 僕は羞恥心が限界を超えたせいでパレード自体の記憶が曖昧だ。自分がどんな表情をしていたのかなんて覚えていない。後で聞いたら、かなりのしかめっ面になっていたらしい。

 盛大に祝ってもらっているのにそんな顔してたら、そりゃどういうことだよってなるよね。

 反対にメルノは、照れすぎて泣きそうなのをこらえていたのが、笑顔に見えていたとか。

 天使な容姿に照れ笑顔って、そりゃかわいいよ。僕の妻かわいい。



〝アルハ、前を見ているか〟

 ヴェイグに声をかけられてはっとする。

 結婚式から一週間後、僕は高難度クエストに駆り出されていた。

 本当は今日までゆっくりできる予定だった。

 今朝、朝食を食べ終わったタイミングでデュイネが僕のところへやってきた。

 とても申し訳無さそうな顔のデュイネが言うには、リオハイル国で指導者リーダーが複数人でも手に負えない魔物が現れた、と。

 魔物は指導者リーダーランクの冒険者三人を重傷を負わせ、その場にいた冒険者たちはなんとか逃げ帰ってきたらしい。


 以前、英雄ヒーロー候補の冒険者二人に修行を付けてほしいと頼まれ、引き受けたことがある。

 二人はすぐに指導者リーダーへランクアップし、後は難易度Sの魔物と数回遭遇さえすれば英雄ヒーローへランクアップできるだろうとの見通しだ。

 これをきっかけに、僕はあちこちで冒険者の指導を頼まれたり、指導した冒険者がまた別の冒険者を指導する、というのが繰り返され、今世界には指導者リーダー以上の冒険者が急速に増えている。

 僕も最初期は忙しかったものの、それ以降は仕事の量が減り、メルノと一緒の時間が増えた。

 ハインから「英雄ヒーロー候補に修行をつけてくれ」と頼まれたときは一旦断ろうとした。今は引き受けといてよかったと心の底から思っている。


 とまあ、そういうわけでリオハイル国にも多数の指導者リーダーランクの冒険者が在籍している。

 一口に指導者リーダーと言っても、指導者リーダーになる過程は各個人で違うから、実力や経験には差がある。

 今回怪我をしたのは、経験浅めの人たち。生きて帰ることができたのは、経験豊富な仲間冒険者のお手柄だ。


 しかし表面上は、「魔物一体に指導者リーダーが三人やられた」ということになる。

 他の冒険者では手に負えないと判断されるのは致し方ない。


 リオハイル城下町の冒険者ギルド内でも相当話し合った結果、やはり僕しかいないという結論になったそうだ。


 休暇を一日潰したことを謝られたけど、僕は余り気にしてなかった。

 元々三日に一度は身体を動かすために異界に篭もっていたし、今日も家事を済ませたら異界に行くつもりだったのだ。


 デュイネにクエストを請けると伝え、魔物の出現地へ異界経由で赴き魔物の目の前へ到着。

 その場で少し考え事をしていたらヴェイグから注意が飛んだところだ。



 目前に迫っていた狼型の魔物の牙に、短剣の先を軽く当てる。

 カツンと音がして、狼が「ギャン!?」と声を上げて飛び退く。折れた牙が足元に転がってきた。


〝デミフェンリルか。指導者リーダーでは手に負えぬのも当然だ〟

 今の攻撃、僕は反応できたけど他の人だと難しいかもしれない。そのくらい速かった。


 デミフェンリルは、僕を唸り声で威嚇しはじめた。

 他の人なら怖気づくのだろうか。

 全く怖くないので、デミフェンリルに向かってゆっくり歩き出してみる。

 するとデミフェンリルは唸りながら数歩後退した後、再び飛びかかってきた。


 進行方向に刀を出し、デミフェンリルの勢いを使って両断した。




 デミフェンリルの死体が消えて、ドロップアイテムが地面に転がる。

 ドロップは灰色の円盤型をした手のひら大の封石と、敷物化した毛皮が一枚。さくっと回収しておいた。


〝アルハに万が一というのは無いだろうが、気を抜きすぎだ〟

「ごめんなさい」

 魔物の前で余所事考えてた件でヴェイグに軽くお叱りを受ける。

 僕が全面的に悪かった。反省が伝わったのか、ヴェイグはそれ以上何も言わなかった。



 リオハイル城下町の冒険者ギルドへ入り、怪我人の様子を尋ねた。

 デュイネから治癒魔法は受けたと聞いてあったけど、念の為だ。

 三人のうち二人は既に治癒魔法をかけられ全快していて、一番軽傷だったもう一人は「自力で治す」と治癒魔法を断ったそうだ。

 僕とヴェイグは気軽にほいほい使っている治癒魔法だけど、魔法の中でも魔力の消費量がかなり多い部類に入る。だから軽傷の人ほど治癒魔法を遠慮して、他の重傷者に譲る傾向があるのだ。


 軽傷と言っても、腕の骨が折れてるらしいので、すぐに怪我人の元へ案内してもらった。

 骨折は軽傷に入りますか? と突っ込まずにはいられない。ちなみに、他の二人は複数箇所骨折していたそうなので、それに比べたらということなのだろうか。冒険者の気合いがすごい。


 ギルドの宿泊施設の一室で、ベッドに腰掛けて休んでいた冒険者は、僕を見て頭に疑問符を浮かべた。

「え、伝説レジェンド?」

「はい。腕治しますね」

 ヴェイグが治癒魔法を使うと、腕は瞬く間にきれいに治った。流石だ。

「う、おっ!? こんなすぐに……ありがとうございます。凄い、何の違和感もない……。あの、伝説レジェンド。俺、誤解してました」

 怪我の治った冒険者は、腕をしばらく動かしながら眺め回した後、立ち上がって突如僕に頭を下げた。

「どうしたんですか?」

 お礼は言われたし、頭を下げられるような覚えはない。


「噂を鵜呑みにしてました。……その」

 『噂』で色々察した。魔王みたいな顔だとか、魔物相手に容赦しない鬼神のような強さだとか。それで僕という人物像がかなり恐ろしい状態になっていることとか。

「気にしてないので、頭下げなくていいですよ」

 僕がなんとか平静を取り繕って声をかけると、冒険者は顔を上げてくれた。


「この御恩は忘れません。噂も、俺にできる限り止めます」

「あの、本当に気にしてないので……」

「いやいや、誤解してる奴大勢いすぎなんですよ。俺の仲間なんて、事後処理に伝説レジェンドが来るって聞いたらビビっちゃって。今も別のクエストを請けてるていで逃げてますし。伝説レジェンドがこんなに優しい人で俺みたいなやつにまで丁寧な言葉づかいしてくれるって知れば……」

 そこまで誤解されてるなら、解いてもらったほうがいいのかな。それにしてもこの人、怪我治った途端元気によく喋るなぁ。

「じゃあ、無理しない範囲でお願いします。でも体力は戻ってないのでゆっくり休んでくださいね」

 なおも続く話をどうにか遮って、部屋を出た。




 このときの冒険者は有言実行してくれた。

 ただし別の噂が付随することになった。


 治癒魔法を使える人は、女性に多いという俗説がある。

 僕がよく知らない相手には丁寧語で話すことや、顔立ちが余り男臭くないとか、物腰が柔らかいとか、肌を見せたがらないとか、身体が男性にしては細いとか、虚実が有り得ないほど綯い交ぜになった結果。


 伝説レジェンド女性説が爆誕していた。



 どうして。

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