国と王 4 王VS王

 ひとりの子供が、惨事を引き起こしたことがある。


 子供は町の外に出た時、小さな魔物を見つけた。

 自身の膝丈ほどの大きさで、毛並みの豊かな、庇護欲を煽る見た目をした魔物だったという。

 魔物は子供の足元に擦り寄った。

 子供は魔物が人に懐かぬこと、人の言うことを聞かぬことを大人たちから言い聞かされていた。

 しかし魔物を抱え上げ、自宅の敷地にある納屋へ隠した。


 その日の夜中に、魔物は子供を食い殺し、更に子供の家族を次々に食い荒らした。

 魔物は人を喰う度に身体が大きくなり、力も強くなった。

 さらにいくつもの家族が犠牲にとなった。

 冒険者たちが駆けつけた時、魔物はオーガロードほどの大きさに成長していて、あたりは酸鼻をきわめる有様だった。




 六十年ほど前、ディセルブに人語を操る魔物がやってきたことがある。

 王の目の前に現れた時、俺も側に仕えていた。

 魔物の話は一言で言えば、都合のいい話だ。

 どこで聞きつけたのか、スキルのことを出して、王に取引を持ちかけた。


「他の魔物も受け入れ、ほんの時折贄を差し出してくれるなら、御業の得方を教えよう」


 王は魔物に客室に案内し饗応せよと周りに命じた。


 王の愚行を止めるのは、その頃から俺の役目だった。

 俺はその場で魔物を煽り、王を攻撃させ、反撃で魔物を倒した。




◆◆◆




「その後は王に殴られ牢へ入れられた。その時はタルダも近づけぬほど警備を厳にされて、出たのは三日後だったな」

 相変わらずの毒親っぷりに引いていいのか同情すべきなのか複雑な感情になる。


 およそ六十年前という時代は、人の言葉を話す魔物があちこちの国に現れたらしい。

 そして、騙された人は少なくなかったのだろう。

 現れた話は伝わっているのに、その後の話がないのは、騙されてしまった人が話を伝えられない状態になったか、騙されたことを恥じて口を噤んだかのどちらかだ。


 話せなくても、子供の無垢な気持ちや庇護欲を利用する、狡猾な魔物も出没していたのだ。


 人は話を伝える生き物だから、やがて「魔物は話せても信じるな」という教訓が広まった。

 しかし人は忘れる生き物でもあるから、最近はとある元英雄ヒーローのように呪術で魔物を生み出すことに何の疑問も持たない人が出てきた、と。


〝僕も歴史書とか読んだほうがいいね〟

「書物は読むに越したことはないが、絶対というものでもない。特に歴史書などは退屈な文が多いからな。だが読みたいと言うなら、俺が選別して渡そうか」

〝助かる〟

 こっちの世界の娯楽作品にも面白いものがたくさんあって、そればかり読んでいた。反省。

「俺の考えが足りなかったな。はじめの頃は俺が知識を伝えれば十分であったし、最近はアルハが別の世界で二十年過ごしていた事実が、頭から抜けていた」

 ヴェイグはすまなさそうに苦笑した。

〝僕も忘れることが多い〟

 元の世界に未練はない。でも、どうしても僕のベースは元の世界の経験だ。

 忘れる必要はないだろうけど、こちらの世界に関して勉強不足なのは確実だ。


「ではリオハイル王へ報告だな」

〝ヴェイグ、王様に会ってみる?〟

「そうだな。そろそろあの王には挨拶しておくか」




 僕が出てワンクッション置くのをやめてみよう、というヴェイグの提案で、ヴェイグはそのままリオハイル王に会った。


「外見はアルハに瓜二つだが、誰だ?」


 秒で気づかれた。

 一言も喋ってないのに。

 王様凄い。


「立っているだけで違うと言い切られたのは初めてだな」

 ヴェイグが楽しそうにしながら、自分と僕についての説明もやってくれた。

 王様は僕が異世界から来たことに食いついた。

「その話は長くなる。今日は宣戦布告の件で来た」


 スィア大陸は無人のままなことや、人の言葉を使う魔物たちを全て倒してきたこと等を伝えるうちに、王様は異世界の話を聞けなくてあからさまにがっかりした顔から徐々に真面目な顔へシフトしていった。


「世界はまたアルハとヴェイグ殿に救われたというわけか」

「俺のこともヴェイグで構わぬが」

「そうか? そなたもどこかの国の王ではないのか」

 王様凄い。

 ヴェイグは言動の端々に高貴感が滲み出てるから、今までも「王様みたい」と言われたことはある。

 リオハイル王の雰囲気は、冗談ではないことが伝わってくる。

「改めて名乗ろう。俺の名はヴェイグ・ディフ・ディセルブだ」

「ディセルブで五十年前と言えば、ゴラス王の御代の……」

「そうだ」

 どうやらゴラスっていうのがヴェイグの毒親の名前らしい。

 リオハイル王はしばらくテーブルの上の紅茶を見つめて黙り込み、顔を上げるとテーブルの横にあるベルを鳴らして側近さんを呼んだ。

 王様は僕とお茶会をするときは、他の人を側に置きたがらない。僕を信頼してくれてるのは良いけど、王様としてどうなんだろう。

 王様と側近さんはしばらく話したり何かを書き付けたりしていた。

 十分くらいやりとりしてから側近さんが頷いて立ち上がり、こちらを一礼してから部屋を出ていった。


「魔物達を討伐し魔物の国の建国を阻止したとのこと、委細承知した。他の国への周知も引き受けよう。今それを伝令した」

「助かる。だが、俺の話だけで信じて良いのか」

「アルハとヴェイグが嘘を付くとは思えないからな」

 王様はあっという間に、僕と駄弁る時の崩した顔になった。


「この話は終わったから、ヴェイグと話がしたい」

 王様の顔は、あれだ。新しいおもちゃを見つけた、っていう顔だ。

 こんなにキラキラしてるの久しぶりに見た。

「執務はいいのか」

「アルハと会うときは全て事前に終わらせてある。時間はあるぞ」

 引き気味のヴェイグに、王様はニコニコと笑顔を浮かべながら、いくつも質問を浴びせた。


「アルハ……」

〝たまにはいいじゃない〟

 ヴェイグに助けを求められたけど、王様が楽しそうだから身体の受け渡しを拒否した。



「ディセルブには復帰せぬのか」

「アルハの元が今の俺の居場所だ」

「アルハと共に国を治めれば良いではないか。どちらも王の器だろう」

「それに関しては俺とアルハで意見が完全に一致していてな。絶対に嫌だ」

「……ふふっ、はっはっは」

 始めは質問攻めに身構えていたヴェイグも、話すうちに打ち解けて、最後は二人して楽しそうにしていた。




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「国と王」はここまでです

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