やっぱりやりましょうか 1/2

 メルノの帰りが遅いから気配を探ったら、知らない人と路地裏にいた。

 すぐに外へ出て、一旦上空へ飛び上がり、知らない人の背後へ一直線に向かい、音を立てずに着地する。


「いいじゃん、ちょっとだけ」

「嫌です!」

 案の定、強引なナンパに遭っていた。

 右耳のピアスを見ても意に介さないタイプの野郎だ。


 メルノは冒険者で、力は女性にしては弱くないし、魔法も使える。

 ただし、人間相手の戦闘は想定していない。

 想定しちゃってもいいと思うんだけど。


 僕が男の真後ろに立っていることにメルノが気づき、こわばっていた顔がほどけた。かわいい。

 男の方は気づかずにメルノに手を伸ばしている。


 触れさせないよ?


 男の肩をぽん、と叩く。

「ああん? なんだよ」

 振り返り、男は僕を一瞥すると、顔がさあっと青くなっていった。

「僕の妻に何か御用ですか」

 こういう時、笑顔を貼り付けておいたほうが怖いらしいのだけど、メルノ関連で僕にそんな器用な真似はできない。

 多分、不機嫌が顔に出てたと思う。

「れ、伝説レジェンド……! の、お、奥様!? あ、これはその、奥様が道に迷ったと」

 苦し紛れの嘘にしてもお粗末すぎる。

 メルノは生まれたときからこの町に住んでいる。迷うことなどない。


 男は尚も何かゴニョゴニョ言いながら、メルノと僕から徐々に距離をとり、そのまま逃げ出した。

 右手が勝手に動いて、男の行く先に魔法を使った。土が少しだけ盛り上がり、それにつまづいた男は盛大にすっ転んだ。

「ありがとう、ヴェイグ」

 右手の主にお礼を言いながら、男の首根っこを掴んで持ち上げた。

「ひ、ひっ!」

「あの、私なにも……」

「未遂でも駄目でしょ」

 ここ最近のトイサーチの治安の良さは大陸一と言われるほどなのに、まだこういうのが時折いる。

 そのまま警備兵の詰め所へ連れていき、こってり絞っておくよう頼んでおいた。




 最近メルノはフィオナさん経由だけでなく、町の人からも仕事を頼まれるようになった。

 丁寧に仕事をするぶん時間がかかる上に少し割高なのに、注文が途切れない。


 今日は町の人の仕事をして、納品しに行った帰りだった。

 僕の仕事は危険な魔物を相手にすることが多いから、メルノを連れて行くことはない。

 それを持ち出されて、

「私の仕事は私がきちんとやります」

 と言い張るメルノに、同行を断られてしまったのだ。


「危なかったのに……」

「アルハさんが来なかったら、攻撃魔法を使うつもりでしたよ」

「本当にギリギリまで使わないのもどうかと」

「で、でも人をあまり傷つけては……」

「メルノが傷ついてからじゃ遅い」

「触れられるだけで怪我したりはしませんよ。あの、そろそろ」


 帰ってきてからずっと、部屋のベッドに腰掛け膝の上にメルノを乗せ、背中から抱きしめている。

「やだ」

 マーキング的なものができたらいいのに、という気持ちでメルノの頭に頬をグリグリすりつけてみる。

 僕の嗅覚で区別がついても、普通の人には無理か。

 メルノは腕の中でもごもごして、諦めてを何度か繰り返した後、唐突につぶやいた。


「アルハさん、お腹が空きました」


 空腹はよくない。メルノを解放した。

 メルノはささっと立ち上がった。

「アルハさん、お昼は」

「まだ」

「じゃあ、何か作りますね」

 メルノはパタパタとキッチンへ駆けていった。


「ヴェイグ」

 空気を読んで感覚遮断してくれていたヴェイグに声をかける。

〝どうした〟

「どうしたらいいんだろう」

〝メルノの頑固には困ったものだな〟

 ヴェイグとは、メルノを遠隔から守る方法について散々議論してきた。

 現状ではこの家に結界を張るくらいしかできなくて、僕のやきもきはとうに限界を超えて、悟りの境地に至りつつある。

 いや悟っちゃ駄目だけどさ。




「どうして結婚式しなかったの? 参列したかったのに」

「私も参列したかった……ではなくて、式を挙げておけばメルノの顔も広まったのに、ということでしょう?」

「そう、それ!」


 ジュノ国に呼び出されて仕事を済ませた後、夫婦としては先輩であるオーカとイーシオンに相談してみた。

 二人が結婚すると聞いたときは本当に驚いた。どうやら、オーカの方がイーシオンを気に入り、イーシオンもオーカなら面白そうだから、というイーシオンらしい理由で結婚を決意したのだとか。

 オーカは次期国王で、イーシオンは由緒正しい王族出身だ。

 二人の結婚式は、それはそれは盛大に行われた。


「僕は庶民だから、挙げても小規模だよ」

 メルノから聞いたこの世界の庶民の常識を二人に説くと、二人は顔を見合わせた。

「庶民……?」

伝説レジェンドって、庶民なの?」

 どうしてそこに疑問を持つのかな。

「只の冒険者だし」

「アルハなら城の一つ二つ、ぽんと買えるでしょ。売りに出されてる城のリスト持ってきましょうか? 築城するなら土地の紹介もできるわよ」

 新築を突然建てようとするのやめて、テファニアの冒険者ギルドが今大変なことになってるんだよ。

「お城を持ったら貴族になれるの?」

「一定の財を持っているという証明になるわ。その気になったのなら爵位を」

「いや、いらないってば」

 オーカが立ち上がってセネルさんを呼ぼうとしたのを全力で止めた。


「僕もメルノも、目立つの好きじゃないんだ。……わかってる、僕はもう手遅れなのはわかってるから、そんな目で見ないで」

 僕が目立つ冒険者で庶民とは言い難いとしても、メルノは正真正銘庶民だ。

 挙式しなかったのは、お世話になった人が多すぎて規模が大変なことになりそうだったのと、大勢の前に出るのが苦手だからだ。

 メルノの参列経験が一度きりなことも、庶民はめったにやらないという証明だ。


「ピアスだけじゃ限界よ。アルハと同じピアスかどうかなんて、よく見ないとわからないのだから」

「やったほうが良い。他にいい方法ある?」

〝腹を括れ〟

 いつのまにか挙式賛成派に参入したヴェイグにまで押された。

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