国と王 3 ヒール

 現時点で魔物たちとの会話は、成り立っているようで成り立っていない。

 更に、四魔神レベルの魔物を放置しておくのは危険だ。

 以上を踏まえた上で、僕とヴェイグは長々と話し合った。

 その間、魔物たちは懲りずに僕を攻撃したり、疲れて休憩したりしている。


「この大陸限定なら……」

〝却下だ。こやつらは次元の裂け目を渡るのだぞ〟


 もう少し生かしておきたい僕と、即刻討伐すべきというヴェイグで意見が分かれた。


 いや、僕の言い分が間違ってるのはわかってる。

 遅かれ早かれ討伐はするのだから、先延ばしにするのは魔物にとっても酷だ。

 ただ、人の言葉を操って、多少なりとも会話をする彼らは倒し辛い。


 静かになったと思ったら、魔物たちは全員仰向けに寝転がっていた。

 ついに体力と魔力が完全に尽きたのかな。

「も、もう……好きにしろ……」

 狸さんそんなこと言うと僕モフるよ? 伸ばしかけた手を、最後の理性でどうにか引っ込めた。


「ほら、僕が相手すれば無力化できるし」

〝他の者では歯が立たん。アルハが間に合わなかったらどうするつもりだ〟


 何を言ってみてもヴェイグに反論される。僕の言い分が正しくないのだから、当然だ。


「自空間に閉じ込める……」

〝自空間に次元の裂け目ができないという確証はない。……アルハ、やはり俺がやる〟

「でも」

〝いや、俺はいつもアルハに押し付け過ぎだ〟

「そんなことな……! ちょっ……これ……」

 ヴェイグが睡眠魔法を全力で使ってきた。

〝大人しく眠ってくれ。任せろ〟



 外からの魔法は全く効かないのに、内側から、しかも最強の魔法使いであるヴェイグの全力の魔法には、敵わなかった。




◆◆◆




「いつまで猿芝居を続けるつもりだ」

 寝たふりをする魔物どもに言ってやる。

 アルハはこいつらの状態を、見た目だけで「体力と魔力が枯渇した」と判断した。

 人語を操る相手に対して、気が緩むのは仕方がない。アルハの元いた世界に魔物はいなかったのだから、余計に。


 だが、こいつらは魔物だ。どうあがいても、他の生き物すべての敵だ。


 その証拠に、魔物どもはすぐに立ち上がった。

 全員自らローブを脱ぎ捨て、その身体を顕にする。


 骸骨は骸骨のままだが、他の魔物のローブの下は、人とはかけ離れた姿をしていた。

 蛇は蛇身に翼を持ち、鷲の首の下は金色の体毛をした熊。

 狸の正体は蛸のような軟体動物だ。頭部からも被り物を取り去り、ぬめぬめとした光沢を放っている。これのことは、被り物の方を覚えておくことにする。

 魚も被り物を取った。串の刺さった巨大な焼き魚が、どういう理屈なのか直立している。深く考えぬことにした。


「見逃しては貰えないか」

 蛇の戯言を聞き流して、右手に刀を創り出す。まだアルハのように無色透明とはいかないが、純白に近づいてきた。

「今後、人に手は出さない。約束する」

「約束?」

 鷲の言葉が気に障る。魔物がどの口で、その言葉を使うのか。

「六十年以上前になるか。お前らのように人語を操る魔物がいたが……今は関係ないな」

 魔物の約束は信用ならないと、俺は六十年前に思い知っている。

 この世界の人間は、年寄ほど魔物に対する恨みが強い。


「アルハに嘘をついたことを後悔しろ。俺はアルハほど強くないからな」

 別の刀を元狸の足の一本に向けて放った。

「ギャッ!?」

刀は鍔まで腕を貫いた。

「一撃では殺せぬのだ」

 アルハは自分を「優しくない」と言うが、魔物にすら苦しまぬ死を与えるために強くあろうとする人間が、優しくないわけがない。



 刀を百振りほど創り、魔物どもに向けて放つ。

 刀の強度、飛行速度、命中精度。どれをとっても、アルハの足元にも及ばない。

 創れる刀の数も一度に百が限度だ。


 魔物どもの魔力と体力はまだ少し残っている。全て合わせて、俺と同程度だろうか。

 俺もアルハに睡眠魔法を通すために魔力の殆どを使い切っている。

 故に、攻撃手段はスキルのみだ。


 刀は殆どを避けられ、運良く当たっても身体の端の方をかすめただけだ。

 そして魔物共は、一斉に俺に向かってきた。


 俺のスキルは、アルハのように使うには弱すぎる。

 刀を手にして直接斬る方が、まだ良い。


 遠距離攻撃よりも、近接戦闘のほうが好都合だ。



 一閃で全ての魔物の首を落とすことは出来なかったが、難なく倒しきった。




「終わったぞ」

 睡眠魔法を解くと、アルハがわずかに身じろぎをして目覚めた。

〝終わった、って……。そっか。ありがとう、ヴェイグ〟

 アルハは納得いかないまま礼を口にする。

「狸の絵だったな。あれは被り物だったぞ。本体は……こうだ」

 腰の物入れから紙とペンを取り出し、蛸を描きあげる。動物を描くのはあまり得意ではないが、上手くいった。

〝え、うそ……被り物? ヴェイグ、狸の顔は忘れちゃった?〟

「覚えている。……ほら」

〝早っ! ありがとう、やっぱりかわいいなぁ。これが被り物だったのか……〟

 狸を気にする素振りをしているが、どこか余所余所しい。

「アルハ、魔物は」

〝わかってるよ。少し時間が欲しい〟

 どうやら自分自身の頭の中のみで折り合いを付けようとしている。


 思い返せば、アルハには魔物について「生物の理の外にいる」ことと、「他の生物を問答無用で殺しに来る」としか説明していない。

 数多の魔物を倒してきたアルハだが、アルハの人生のなかのほんの数年の出来事だ。

 この世界の人間ならば、生まれた頃から魔物の脅威に晒され、過去の出来事を伝え聞き、魔物に対して「討伐するべき」という意識を植え付けられる。

 それが人が人として生きる術でもある。


「アルハには話が足りなかったな。少し昔の話をする」

 今まで伝えてこなかったのは、俺の失態だ。

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