国と王 2 話が理解できない

 ヘイルの言葉を聞くや、蛇頭以外の三体がその場に片膝を付いた。ローブだから膝があるのかどうかは見えないけど、雰囲気的にそういう姿勢をとった。

 蛇はもう一度鎌尻でポコンと打たれると起き上がり、ヘイルに文句を言いかけ、辺りを見て同じく膝をつく。

 最後にヘイルが四体の前に出て、やはり膝をついた。


 なにこれどういう状況?


「王よ。この大陸の人間どもは全て死滅しました。ここならば世界征服の足掛かりに丁度よいかと存じます。先ずは居城を建設致しますので……」

 ヘイルが甲高い、女の子みたいな声ですらすらと説明を開始した。

「待って待って待って。王って何?」

 他にも突っ込みたい単語は出てきたけど、一つ一つ潰していこう。

「我が鎌の一撃を防ぐことのできた者を、王とする、と決めていたのです」

 そう言って、地に寝かせていた鎌を手に取り、とん、と立てた。

「はあ」

「貴方様は人間ですが、我らご覧の通り、種族も属性も何一つ同じものがありません。我らと魔物を束ねるには、相応の力の持ち主であれば、我らが王に相応しい」

「えっと、僕は普通に嫌だよ」

「は!?」

 ヘイルと他四体がざわついた。

「何故です!? 我々が貴方を王と認めたのですよ!?」

 鷲が立ち上がり、よく響く声で言い放つ。

「王になんてなりたくない。それに、世界征服とやらも興味がないよ」

 他のやつらも会話が成り立つことに内心混乱しつつ、嫌なことは嫌とはっきり言った。



 人間からも「王にならないか」と言われたことがある。

 マルア国は国とついてるけど、王様はいない。

 国の中に町がいくつもあり、町には冒険者ギルドがあり、そこの統括が住民をまとめている。

 以前ドゥークという町の統括を尋ねた時、町同士の連携がうまく取れないことがあり厄介だと愚痴られた。

 それで、いっそ僕を王にするから国をまとめてくれないかと。

 雑談の延長で出たもので冗談めかした口調なのに、統括の目は結構本気だった。駄目元で言ってみて僕が肯定を口にしようものなら、本当に王にするつもりだったかもしれない。


 ヴェイグは僕と同じ考え、というか僕より王になることを拒絶している。

 僕としては、ヴェイグが王様やりたいって言うなら全面的に協力する。

〝アルハの身体に遠慮しているわけではない。元より俺には王たる資質などない〟

 なんて言うけど、僕はヴェイグならいい王様やれると思う。



「それだけの力をお持ちですと、人の世では生きづらいでしょう? 私達と一緒に理想郷をつくっちゃいましょうよ」

 魚がピチピチしながらすり寄ってくる。よく見たらこいつだけ、ローブからはみ出ているのはヒレだ。

「皆良くしてくれてる。今の世の中に不満は無いよ」

「人は表面だけ取り繕うのが上手い。いつか裏切られる」

 少年みたいな声で後ろ向きなことを言うのは、癒やしの狸ヘッドだ。

 いくら狸君の言うことでも、仮に後でモフらせてくれると誘惑されても、言いくるめられたりしないぞ。

「仮にそうなったとしても、僕がそっちにつく理由にはならない」

 断固として首を横に振った。


 僕の態度が変わらないのを見て、五体は身を寄せ合って背を向け、何やら相談をはじめた。


〝アルハ。あれは魔物だよな?〟

「うん」

〝代わるか〟

「大丈夫。やる」

 例え会話が成り立つ相手でも、魔物は魔物だ。

 四魔神の青龍とは会話をしたけど、青龍は自分の我儘を通すために手段を選ばなかった。


 こいつらも、僕が言うことをきく前提でしか、ものを考えていない。


 五体の話はまとまったようで、一斉にこちらを向いた。


「こうしよう。貴方を王にするのは諦める。しかしこの地に国を興し、最終的に世界を支配する」

 ヘイルは鎌を握りしめて、僕に向けた。

「これを世界へ知らしめてほしい。既に、他の大陸の大国には遣いをやっているが、この地に来た人間は貴方がはじめてだ。我らの言葉が嘘でないことを、人間どもに――」

「あのさ。どうして僕がそっちの言うこと聞くのが前提なの?」

 ヴェイグは中で眉間を揉んでいる。

〝価値観の相違……いや概念から相容れぬのか……?〟

 話を聞かない人間ってのは何人も見てきたけど、魔物は話の根本から分かりあえていない。

「僕は人間だから、魔物が人に危害を加えようとしてるのを見過ごせない」

 スキルで刀を取り出す。戦うという意思表示のためだから、いつもの透明不可視ではなく色付きだ。


 頭に大きなたんこぶをふたつくっつけた蛇が、ふん、と鼻で嘲笑った。

「ヘイルの一撃を防いだくらいで調子乗るようなやつは、王じゃないだろ」

 ヘイルは蛇の言葉に頷き、鎌を構え直した。

「そうですね。王の選定方法はまた考えましょう。そして……貴方は用済みです」




 四魔神と麒麟全部に少し足りないくらいの戦力だった。

 十分くらい、相手の体力と魔力が尽きるまで、防ぐこともせず攻撃を受けた。

 [防具生成]で不可視の全身鎧を纏ったのは、メルノが作ってくれた服を汚したくないからだ。


 各自二、三回ずつ「我が最強奥義を受けよ!」とか「喰らえ究極魔法!」みたいな台詞を言ってた。


 無人の大陸とはいえ、動植物や他の魔物はいるのに、あたりはすっかり焼け野原だ。



「なんなのだ……貴様は……」

 肩で息をする蛇が、虚ろな目で僕を見上げる。

「人間だよ」

「そういう話ではない!」

 怒鳴る元気はあるようだ。もうちょい疲れさせたほうがいいかな。

〝む、終わっていないのか。どうする気だ?〟

 ヴェイグは僕が攻撃を受けてる間中、寝てました。……いいけどね。

「他の国に出した遣いについて、詳しく聞いてからかなーって」

 リオハイル王の話では、ある日城門の柱に矢文が刺さっていて、そこに建国宣言と宣戦布告が書いてあったそうだ。

 つまり、こいつら以外にもそこそこの知能を持った魔物が各大陸に潜んでいることになる。


 早速、地面にべちゃりと突っ伏しているヘイルの横にしゃがみ込み、尋ねてみた。

「遣いは、我が分身。我が魔力が消えれば遣いも消える」

 地面にキスしたままなのに、器用に喋ってくれた。

「分身の強さは?」

「……愚者火程度」

「ぐしゃび?」

〝火の玉の魔物だが、実際に見たという者は少ない。アルハの火炎魔法程度の物体だ〟

「把握」

 めちゃくちゃ弱いってことね。

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