テファル国にて 3 御霊吸い

 異界の中から気配を読むと、三から五体の魔物が交代で出現しているようだった。

 イオに次元の裂け目の有無を尋ねると、首を横に振った。

「ここからでは、流石に」

「じゃあ、出よう」

 扉を出して、少しだけ開けて様子を伺う。

 魔物は四体が一箇所に固まって、所在なげにウロウロしている。

〝行かないのか〟

「倒してすぐ別のが出てきたら危ないから……」

 ヴェイグとごそごそ相談していると、ラクも扉から顔を出した。

「確かに恐ろしい連中ではあるが……。アルハからすれば、取るに足らんであろう?」

「う、うん」

 ラクの言う通りだ。

 今いるのより数段強いのが出てきたところで、全く問題ない。


 そのはずなのに。

 足がすくむだとか、怖気づいたわけでもない。


 只々、嫌な予感がして仕方がない。


「あのあたりに、裂け目のようなものがありますね」

 イオが、魔物たちの中心あたりを指差す。

 僕には何も見えないけれど、魔物はそこにある何かを守っているようにも見える。


 嫌な予感がするからといって、ここでグダグダしていては何も始まらない。


「行くよ」

 ヴェイグとラクたちに合図して、飛び出した。



 敢えて気配を解き放ったから、魔物はすぐこちらに気づいて威嚇の咆哮をあげた。

 咆哮には[音波]や[威圧]が乗っている。

 威力は、態々打ち消すまでもない。

 数歩で魔物の一体に肉薄し、腕を振りながら創った不可視の刀で首を落とした。


 他の三体が僕から距離を取る。

 それを追いかけて、更に一体を袈裟懸けに斬り捨てる。


 残り二体。

〝何を不安視していたのだ〟

 ヴェイグが魔力を待機状態にしたまま、僕に問いかけた。

「多分、この後」

 自分で自分が何を口走ったのか理解できていなかった。

〝後だと?〟

「え?」

 二体のうち一体が、低く歌うように唸りだした。

 止めるために近づくと、別の一体が剣を掲げて割り込んでくる。即座に胴を薙ぎ払うも、歌の方は既に終わっていた。


「上!」


 イオの叫びにしたがって空を見上げる。

 何もない空間から、染み出るように次々と赤黒い魔物が降ってきた。

〝借りるぞ〟

 ヴェイグが右腕を操って空間の周りに結界を張り、消滅魔法を放つ。

 人差し指の先に結界の魔法陣が現れ、他の指と掌からは消滅魔法の黒い球が生成されて魔物を次々に消し去る。

 性質の全く違う魔法を同時に、片手だけで使うなんて、初めて見た。

 感動を伝える暇もない。魔物の数は二十どころか、百を超えても尚降ってくる。

 消滅魔法を躱し、結界に張り付いて破ろうとしているやつには[武器生成]で創った刀を落とした。


〝あれが全て、元人間か?〟

 ヴェイグの憂慮に、僕は否定を返す。

「全部全く同じ気配だ。複製コピーみたい」

〝複製か。厄介だな〟

 原理も手段もわからないけど、一体の魔物をいくつも複製するような何かが、魔物の向こうにあるということだ。


 魔物は降ってくる数がどんどん増えていく。


「アルハ、加勢は必要かの?」

 異界の扉からラクが出てきた。

 今のところ全て処理できてるけど、原因を潰さないとキリがない。

「魔物たちが出てくる場所へ行きたい。援護頼む」

「承知じゃ」

 僕は飛び上がり、目の前の魔物を斬るか消すかしながら上へ進む。倒し損ねた魔物を、竜たちが仕留めてくれる。

 イオは異界の扉のすぐ横で戦況を見て、竜たちに指示を飛ばしていた。

「強っ!? どうしてあの人間、さくさく真っ二つにできるんだよ!?」

「アルハ様だからな!」

「四の五の言ってる暇があったら爪を立てろ!」

「ネール! ヤンの援護に回って!」

「はい、姫!」

 竜たちは上手く連携して、一匹残らず魔物を倒していく。



 魔物がにじみ出ているところへ到着した。


 空間が切れたように歪んでいて、その奥に妙な気配がある。


 空間の歪みに、刀を差し込んだ。

 さくり、と軽い手応えがして何かを切り裂いた。


「キィエエエエエエエエエエエエエエエ!!」


 同時に、耳を劈く金切り声が響いた。

「っ!」

 こぼれ落ちた魔物たちを殆ど片付けていた竜たちも、耳をふさいで僕を見上げる。

 間近で聞いた僕は鼓膜をやられた。ヴェイグの治癒魔法で鼓膜はすぐに復活するも、耳から流れた血が詰まって音が聞こえ難い。


 隙きを晒した僕の前に、歪みから何かが這い出てきた。


 まず、節のある緑色の棒が出てきて、その後複眼と昆虫の口のようなものが付いた女性の頭。

 全身は、巨大な蟷螂かまきりだ。

 顔は愉悦に満ちていて、人が無理やり融合させられた様子ではない。

 刀は胴の部分を刺していて、紫色の体液が流れていた。痛みは感じていないようだ。


 蟷螂が歪みをこじあけたので、中へ飛び込んだ。

「あれか」

 そこには家一軒ほどの大きさの、薄茶色の物体がいくつも見える。そこから魔族が次々出てくるから、蟷螂の卵だろう。

 ヴェイグが右手を使って、炎の魔法を放つ。

 炎はあっという間に卵に回り、卵を次々と炭に変えていった。


 その最中、僕は女性の顔から目が離せなかった。


 女性が腹の刀傷を口で舐めると、傷は消えてなくなった。


 それから僕を見て、にいと笑った。


「たましい、きれい。ちょうだい」

 片言でカシャカシャとした音が交じるけど、確かに人の言葉を発した。


 炎は蟷螂本体にも届いたのに、蟷螂は燃えなかった。

 斬撃を放つと、硬い音がして弾かれた。

 あれだけの数の魔物を産んだ魔物だ。本体が一番強い。


 でも言葉通りに魂を渡すわけがない。


 刀に全力を乗せて、直に斬りかかる。蟷螂の鎌で受け止められても、そのまま力を入れ続けた。

 鎌が関節部分でぼきりと折れる。更に切りつけて、全身に傷を負わせた。


 普通の魔物なら、これで倒せている。


 蟷螂は未だ余裕の表情で、弱る気配すらない。


〝拙いな〟

 ヴェイグの声で、僕もようやく気付いた。


 裂け目を閉じられてしまった。


「……倒してから考えよう」

 僕らが動揺したのは、ほんの数瞬だというのに。



 とん、と胸元に何かが当たった。

 緑色の鎌だ。

 ちょうど胸の痣のあたりを、ほんの少しだけ触れるように。


〝!?〟

「ヴェイグっ!!」


 最悪の喪失感。

 自分のうちに意識を集中させたから、外傷に構っていられなくなった。

「駄目だ!!」

〝ぐ……〟

 ヴェイグも必死に、僕にしがみついている。


 僕の身体から、ヴェイグの魂だけを引き抜かれている。

「な……んだよっ!」

 額を斬られたらしく、目に血が入って開けていられない。



 そもそも、魂を取られるなんて想定外だ。

 魂の綱引きなんてしたことがない。扱い方もわからない。

 完全に根性論だけで、ヴェイグの魂を持っていかれないよう必死だった。



「アルハ様っ!」

 背後からイオの声がした。

 裂け目を再びこじあけてくれたようだ。

 腕を引かれた瞬間、ヴェイグの魂がするりと抜けてしまった。

「離せ!」

「いけません、このままではアルハ様も」

「だったら何だ! ヴェイグが取られたら……」

〝……け、……るな〟

「えっ!?」




 ヴェイグは〝行け、案ずるな〟と言い残して。

 僕の身体からいなくなってしまった。

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