テファル国にて 4 全身全霊

 裂け目から元の世界へ連れ戻されると、魔物たちがまだ残っていた。

 いつのまに、これだけ溢れていたのだろう。


 中心に降りて、手近な一体の首を落とすつもりで刀を振るう。


 斬撃は一体どころか、周囲の魔物を巻き込んで切り裂いた。


「え?」

 この魔物は硬いから、相応の力は込めた。

 けど、複数匹をまとめて斬れるほどじゃなかったはずだ。


 ステータスを確認すると、数値が全て半分になっている。ヴェイグがいなくなった影響だろう。


 だったら、威力が上がったのは何故?


「アルハ、周りをよく見よ!」

 魔物を斬り続けていると、ラクの焦った声がした。

 言われたとおりにすると、僕の斬撃が魔物どころか竜まで傷つけていた。


 刀を使うのをやめて、素手で魔物の急所を貫いて殲滅した。

 あの硬い身体が、ゼリーに腕を突っ込んだくらいの抵抗しか感じなかった。


 威力が上がったんじゃない。

 調節できなくなっているんだ。




 魔物の討伐が終わり、僕が傷つけてしまった分も含めて、竜たちには治癒魔法を使った。

「ごめん」

 治しながら謝ると、竜たちは「気にしないでください!」と慰めてくれる。

「終わったのう。後始末は儂とイオでやる。他の皆は解散じゃ」

 ラクが竜たちを追い立てるように、手をぱんぱん叩く。

 竜たちも「ではまた!」と当然のように飛び去ろうとしてしまう。

「待ってよ、まだお礼を……」

「此度のことは、儂らがアルハに世話になったときの礼じゃ」

「世話なんて……」

「お主がそう思わぬでも、こちらは礼をする機会をうかがっておったのじゃ。受け取ってくれい」

「……わかった」

 ここで押し問答する時間も惜しい。竜たちのことは、後で考えよう。


「アルハ様……」

 竜たちが立ち去っても、ラクとイオは残った。

「申し訳ありませんでした」

 イオが腰を折って僕に頭を下げてくる。

「あの場に残ったところで何もできなかったんだから、イオが謝ることはないよ」

 これから、ヴェイグを取り戻しに行かないと。

「イオ、あの空間へ行きたい。方法はある?」

 イオは俯いて目を閉じた。僕が気配察知を広範囲に展開している時に似ている。

 少しして目を上げて、僕を見上げた。


「さきほどの空間とこの世界が再び最接近するのは、早くて三日後です」

「三日……。それって、間に合う?」

「ヴェイグ様の魂は頑丈です。アルハ様の身体から離れても、ひと月は保つでしょう」

「魂が頑丈って、わかるの?」

 イオは確信に満ちた顔で頷き、僕に説明してくれた。



 通常、肉体から抜けた魂というのは脆く、その場で散って死んでしまう。

 しかしヴェイグの魂は、僕の身体に僕の魂と同居し、ヴェイグ自身を鍛えていたため、信じられない強度を持っている。

 ちなみに僕も、ヴェイグに身体を明け渡している間に瞑想と称して鍛錬を積んでいたから、似たような強度になっているそうだ。

 身も蓋もない言い方に例えると、僕とヴェイグは魂を筋トレしてビルドアップしていたということだ。

 ……自分の例えのセンスのなさに絶望して落ち込む。

 というか、こんな巫山戯たことを考えている場合じゃない。



「アルハ。お主、力の加減が上手くいっておらぬであろう」

 ラクは僕の状態を軽々見抜いてくる。

 先程まで竜たちに攻撃の余波を当てまくっていたのを見られたせいもあるかな。

「うん。ヴェイグが居ないから、身体の均衡バランスがうまく取れない」

「いや、ステータスの数値とやらを聞いたときから、おかしいとは思うておった」

「ステータスの数値?」

 どうやら今に限った話ではないようだ。


「ハインの筋力が約千。お主が七千万。単純にハインの七万倍じゃ。それなのに、お主は普段ハインの精々数十倍ほどの力を以って全力とのたまう」

 数字で示されると、確かに不思議だ。

「全力は全力だよ。その時出してもいい範囲、って意味で」

 周囲に被害を与えないように調節している意識はあった。

 今は、調節しても上手くいかない。

「つまり、本来の全力を出したことはなかろう。異界で試すがよい。あの場は、何があっても絶対に壊れぬ」


 異界は、僕やヴェイグが何をしても、筋一つも傷つけられない。土に近い地面は相変わらず平坦で、壁や天井もなくどこまでも広い。

 そんな異界には、意思のようなものがあるのでは、というのが僕とヴェイグ共通の見解だ。

「異界ってなんなの」

「異界は異界という存在じゃ。ただし、存在する次元が高位すぎて、儂らでは理解し尽くせぬ。アルハはあれに気に入られておるから、自在に出入りできるのかもしれぬのう」

「気に入られるようなこと、した覚えないんだけどなぁ」

「アルハとヴェイグは、いつもそう言うのう」

 ラクはカラカラと笑った。




 イオとラクが次元の裂け目を見張ってくれている間、僕はひとりで異界へ入る。


 いつもなら、何も言わずともヴェイグが試し打ち用のゴーレムを出してくれる。

 ついその癖で、しばらく右手が動くのを待ってしまった。

「……そうだった」


 こっちの世界へ強制的に転生させられてからずっと、ヴェイグとは文字通り一心同体だ。

 知らない人が自分の身体の中にいると分かったときは、心中穏やかじゃなかった。

 それも、ヴェイグの人となりを知らない間だけだった。

 ヴェイグは僕から無理に身体を奪おうとしてこない。

 僕が一人になりたい時、ヴェイグは自分の気配を消して、そっとしておいてくれる。

 ヴェイグが僕の身体の中にいる間〝居心地が良い〟と言ってくれるのも嬉しい。


 もう今更、ヴェイグの身体を用意されたとしても、分かれるなんてできない。


 あの蟷螂からヴェイグを取り戻す時、ヴェイグの魂はもちろん、手伝ってくれるラクとイオを傷つけるわけにはいかない。

 力の制御方法を三日で覚える必要がある。


 それとは別に、僕は僕自身の本当の全力・・・・・も、知る必要がある。



 ……というのは、建前だ。


「うわあああああああああああっ!!」

 ヴェイグを奪われたことに対する憤りを、異界で発散した。

 スキルで刀を創れるだけ創り、全方位に解き放つ。

 何の制御もしていない。出せる力を全部出し、その一撃で何もかも使い切った。


 異界の空気がゆるりと震えた。

 そのくらいの威力のようだ。……よくわからない。


 しばらく息を整えるのに時間を使って、その後は真面目に調節の練習をした。

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