テファル国にて 2 らしくない

 リアスは一応、王族に名を連ねていたそうだ。


 先代皇帝の妹の末子で、歳上の兄弟や従兄弟が多かったため王位継承権の順位が低く、それゆえ自由に育てられたとか。

 自由すぎて城を飛び出し討伐隊になり、隊員として頭角を現すまでは、まだよかった。

 討伐隊で気に入らない人がいれば、内外から手を回して除隊させる。

 討伐の際に自分より活躍しそうな人の足をわざと引っ張る。

 自分のミスは他人のせいにする……とまあ、好き放題やらかした。

 本人が圧倒的に強く権力もあったため、僕が返り討ちにするまで手がつけられなかった。




「冒険者ギルドとの一連の件の咎で王族からの除名が決まった直後、姿を消した。城に監禁していたのだが、力ずくで拘束を解いた跡があった。あの拘束を解くほどの力はなかったはずなのだがな」

 マサンが何を言いたいのか、もう察しはついている。

 話している間にも、僕は気配を探し続けていた。

 どうやら異界かどこかを出入りしていて、時折見失ってしまう。

 しかも複数いる。


「アルハ。その、俺達が遭った魔物は……」

「僕が呼ばれたってことは、そういうことだよね。大丈夫、始末付けてくる」

「すまん」

「どうしてマサンが謝るの!?」

 マサンが僕に頭を下げるから、慌てた。

 

 リアスが魔物になった原因に、一番関わってそうなのは僕だ。

 なにせリアスと会ったときの僕は呪術をたっぷり身に纏っていたし、心を折りまくっている。

 でも僕は僕のせいだと思わない。無論、誰のせいでもない。

 人が魔物になってしまうのは、どうしたって本人の心次第だ。

「弟子の不始末をつけられねぇからな、俺は」

 自分がやるべきことを他人に任せる行為は、己の矜持を傷つける。

 あの魔物は、マサンが刺し違えたとしても倒せる相手じゃない。

 全部飲み込んで、マサンは僕に託してくれた。

「僕に任せとけって」

 軽い調子で請け負うと、マサンは無理やり笑みを作った。


「頼んだ」




 頼まれたとは言え、どうしたものかと考え込んでいた。

「今回は僕とヴェイグだけじゃ無理だ」

 恐らく異界に出入りしてなかなか居場所を掴ませてくれない魔物たちの気配をなんとか区別すると、少なくとも二十体はいるようだった。

 多すぎる。そのうちの一体はリアスかもしれないとしても、他は誰がどうしてしまったんだ。

〝では、どうする〟

 真っ先に頭に浮かんだのは、ラクと竜たちだ。

 ラクに通信石で連絡を取ると、すぐに「了承した」と返事をくれた。そして三分後には、ラクとイオと緑竜たち、更に初めて見る竜数名が、全員人の姿で僕の近くに立っていた。


「異界を通ってきたが、アルハの言うような気配は無かったな」

「え、じゃあどこに出入りしてるんだろう。ラク、何か知らない?」

 初対面の竜たちと軽く自己紹介を済ませた後、ラクと作戦会議をしていると、後ろからぼそぼそと会話が聞こえてくる。


「本当に竜より強い人間がいるんだな……」

「ここにいる竜が束になっても敵わねえじゃねぇか」

「だろう? アルハ様は凄いんだ」

「その人間が応援を呼ぶってどういう事態だよ」

「お? 怖気づいたんか?」

「違うし!」

 言い争いを始めたのかと振り返ると、竜たちは全員余裕の表情を浮かべていた。どうやら竜スタイルのじゃれ合いのようだ。


「竜の里のように、空間軸の違いやもしれぬな。イオ、こちらへ」

 ラクに呼ばれたイオがててて、とラクのそばへやってきた。

 イオは小柄だ。メルノよりも小さい。

 この中で雌竜はラクとイオのみで、他は雄竜。全員、僕に合わせて人の姿をしている。

 竜がとる人の姿というのは、各々希望する姿に変身しているのではなく、「もし人だったらこういう姿」というものになるのだそうだ。

 ラクは人の女性にしては背が高い方だし、他の竜たちは大抵僕と同じくらいの身長だ。ぱっと見たら、大人の中に小さな子どものイオが混ざっているようにも見える。


 そんな小さなイオに、ラクは僕と相談しているときと同じ真面目な声色で話しかけた。

「竜の里以外の場所への裂け目を見分けられぬか」

「そうですね……。アルハ様、魔物たちが出入りしている場所へ案内していただけませんか」

 イオは辺りを見渡してから、僕を見上げた。


 僕が異界の扉を未来ロボのひみつ道具みたいにいつでもどこでも開けられるのに対して、ラクとイオは「時と場所、気脈の流れ具合」といったいくつかの条件が合わないと、扉が出せないらしい。

 次元の裂け目というものも似たような条件が課されるそうだ。僕には「ここが裂け目です」と指さされても見えなかった。

 だから、イオが魔物たちの近くへ行きたいと言ったのは、今この近くにそれが見つからず、その場へ行けば分かるかもしれないということだ。


 正直言って、気が進まない。イオは竜の巫女として優秀で、探知能力や予知に関しては先代であるラクを凌ぐ。

 そのかわりなのか、戦闘能力は皆無だ。ここへやってきたのは、竜たちが異界を通るためにイオの力を借りたからだ。

 僕が無言で思案していると、ラクが「心配には及ばぬ」と言い出した。

「イオは身に危険が迫れば、異界か竜の里へ逃げ込める。さすれば、魔物は追ってこれまい」

「魔物だって別次元を出入りしてるような連中だよ?」

「魔物は異界におらなんだし、竜の里へ出入りはしておらん。安全じゃ」

「自分の身は自分で守れます」

「……わかった。案内するから、頼むよ」

 魔物がまとめてかかってこないことを祈りつつ、その場へ行くことにした。




〝今回の魔物は、それほど脅威なのか?〟

 異界を通っている間、ヴェイグが心底不思議そうに問いかけてきた。

「うーん、魔物が単体だったら、いや、いつもなら僕がイオを守るくらい何でもないというか……うーん」

〝歯切れが悪いな〟

「自分でもおかしいと思う。どうしてか嫌な予感がするんだよ」

 普段の僕なら、例の魔物が五十体いたところで問題なくひとりで討伐できると言い切れる。

 それを、僕とヴェイグがいて二十体を「多すぎる」なんて弱気な発言をしたり、竜たちに応援要請したりと慎重にも程がある。

 挙句の果てに、イオの身ひとつ守り切る自信がないと意思表示した。

〝嫌な予感とはまた、アルハらしくもない〟

「ヴェイグも、気をつけてね」

〝……ああ〟

 僕はまた僕らしからぬ発言をしていたことに、僕自身が気付いていなかった。


 それに対してヴェイグが重たく返事をしたことにも、気付いていなかった。

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