テファル国にて 1 剛の国の魔物
コイク大陸のテファル国から呼び出された。
テファル国からの依頼は初めてだ。魔物の難易度が他の大陸より平均的に高いのに、それを討伐する冒険者側もランクやレベルが高いので、難易度Sが数匹出た程度では他国の冒険者に助けを求めたりしない。
僕は密かに、剛の者ならぬ剛の国と呼んでいる。
そんな国からの呼び出しだから只事ではないと、僕とヴェイグはすぐに皇都テファニアへ向かった。
テファニアには、時折個人的に遊びに来る。
主な目的は、この国独自の塩漬けの購入と、僕を先生と呼んでくれる皆に会うためだ。
塩漬け、つまりは漬物だ。圧倒的洋食派の僕だけど、日本に居た頃の好物の一つがきゅうりの漬物だった。
浅漬けでもぬか漬けでも、きゅうりが漬かってさえいれば何本でも食べられる。不思議と生ではこうはいかない。
テファニアの野菜の中に、きゅうりに似た……というかきゅうりそのもののクカンバという野菜があり、それの塩漬けを樽で買い付けては家で楽しんでいる。
故に、この大陸に付けてある転移魔法の印の一つは、行きつけの塩漬け屋さんの近くにある。塩分の過剰摂取を心配するヴェイグに「程々にするから」と拝み倒して付けてもらった。
今日も、用事が済んだら買って帰ろう。
冒険者ギルドへ入るなり、大勢からの「先生!」に足止めを食らった。
「ご結婚おめでとうございます!」
「弟子をとったそうですね、どこの誰ですか?」
「奥さんとの馴れ初めは?」
「胸の痣は誰にやられたんですか!?」
「悪道に走った
「おめでとうございます! 祝いの品として家建てときました!」
「お前また建てたのか!」
ここ数ヶ月の間に起きた僕の身の回りのことについて、お祝いと質問をマシンガンの如く浴びせられた。
また話に肥大化した尾ひれがついているのはもう諦めている。
胸の痣まで知ってるのには驚いた。人前で晒したのはエイブン国の海で濡れたシャツを絞ってたときだけなのに、もうここまで伝わっているとは。
いや聞き逃してないよ? どうしてそう軽率に一軒建てちゃうの?
「アルハ、気にしなくていい」
マサンが建てたとか言ってた人の首根っこをひょいと摘んで、バックヤードへ運びすぐ戻ってきた。
家のことをマサンとセイムさん、ギルド統括のボーダに任せたのは何度目だっけかな。
ふと、ナチュラルに会話に入ってきたマサンに、違和感を覚えた。
マサンはテファニアから遠く離れた小さな村の討伐隊から、冒険者へ転身した。
コイク大陸の冒険者ギルドはまだテファニアと大きな町でしかまともに機能しておらず、マサンは小さな町や村の冒険者ギルドの手伝いを買って出た。その調整のためにテファニアへはよく来ている。
ただ、それならマサンの服装は冒険者用の動きやすい格好であるはずなのに、今はコイク大陸でよく見かける袖の広い普段着だ。
「マサン、その格好でここにいるの珍しいね」
僕の言葉にマサンはやや顔を顰めた。
「つい先日から城下町に住んでいるからな。今日は非番だ」
「ここに住んでるって、村は?」
「あの村は壊滅した。生き残りは全員こっちに移ってきた」
「壊滅!?」
生き残りというキーワードも、不穏だ。
マサンに詳しい話を聞いた。
そいつは人と同じ服を着て、ちょうど僕のようにフードを目深に被っていた。
そいつとすれ違った人が、突然喉笛から血を吹き、倒れた。
異変に気付いた誰かが悲鳴を上げた頃には、五人が犠牲になっていた。
マサンや冒険者数人でそいつを取り囲み、誰何すると何事か喋ったそうだ。
しかし、何を言っているかわからない。
焦れた冒険者のひとりがそいつに近づいた。マサンの警告も虚しく、冒険者は首を斬られて即死した。
その時、そいつのフードが外れた。
中から出てきたのは、赤黒い肌をした人の顔。
ただし、額からは禍々しく捻じくれた角が生えていた。
マサンと冒険者たちは、そいつを魔物と見做した。
魔物は武器を向けられると、自らの服を毟り取って身体を顕にした。
背に生えた蝙蝠のような六枚の翼で飛び上がり、空中で静止すると、口から無数の黒炎を放った。
マサン他、
しかし武器は届かず、黒炎は水や砂では消えなかった。
魔物は、人々が逃げ惑うのを見て、にたりと笑っていたように見えたという。
結果的に、更に三人の冒険者が命を落とし、魔物は取り逃がしてしまった。
攻撃の余波は村人にも及び、村の建物は殆ど倒壊。
魔物が何故立ち去ったのか、理由がわからない。
つまり、また村を襲いに来ても、おかしくない。
村民たちの話し合いはすぐにまとまった。
生き残った村民たちは、いくつかの村や町を経由し、最終的に皇都へたどり着いたのだった。
マサンの話を聞きはじめてすぐ、大陸全土を気配察知で探った。
難易度Sの数が他の大陸より多い気がしたけど、それだけだった。
テファルにいる冒険者たちが倒しきれないような魔物はいない。
「とまあ、てなわけで皆ここにいる」
マサンが話を締めたとき、僕は気配をもっと探るために俯いて集中していた。
「アルハ。今回の件は俺の失態だ」
「そんなことは考えてないよ。話聞く感じ、応援を呼ぶ暇もなかったんでしょ。それならマサンのせいでもない」
マサンの声に「思い詰めるな」という響きが乗っていたから、顔を上げて訂正した。
僕がその場に居たら犠牲を少なく出来たかもしれない、なんてことは只の結果論だ。
そもそも僕は世界中の全ての人を守れるなんて傲慢な事は考えていない。
「俺は……いや、アルハが余計なことを考えていねぇなら、それでいい。ところで、今話した魔物に心当たりはあるか?」
「ある」
頷き、これまでに遭遇した「似たような魔物」について話した。
マサンが顔色を変えたのは、コイク大陸で遭遇した時のことではなく、リオハイル王国の時のことだった。
リオハイルで僕が討伐した魔物が、騎士団の隊長が変じたものだと言った時、マサンは目を伏せて長い溜息をついた。
「マサン?」
「……すまん。アルハはリアスってやつのことを覚えているか」
「覚えてるよ。リアスがどうかしたの?」
リアスは討伐隊員の中でもやたらと冒険者を嫌っていた人だ。
団体で冒険者ギルドを物理的に壊しに来たところを制圧してからというもの、何かと僕に絡んできて、王城に呼び出された時は謎の権力を濫用してまで、僕の邪魔をしようとしてきた。
他に知っている情報といえば、マサンの元弟子だったということくらいか。
王城で拘束されたところに居合わせたのを最後に、顔も見ていない。
「あれが行方不明になっている」
マサンはきっぱりと、何かを覚悟したかのように、僕にその事実を告げた。
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