リゾート

 エイブン国の先王が僕に差し向けた刺客は全員処刑されたと、執行後に知らされた。

 普段から誘拐や暗殺、その他所謂裏稼業を生業にしていて、僕との件がなくとも捕まった時点で死刑確定の人たちだった。

 それを聞いて、じゃあ仕方ないかと胸を撫で下ろしてしまう程度には、僕は小心者で卑怯者だ。


 エイブン国から「クエストではないので、いつでもお手すきの時に」と丁寧な招待があった。

 行ってみると、庶民には不相応なくらいの、でも先王のときよりは控えめに歓迎を受けた。

 今は現王ハリダと、お茶会と称して話しをしている。


「先王はどうなったのですか?」

「悪行の証拠も揃いましたので、この城の地下に幽閉しております。一応元王ですので、おいそれと極刑にはできないのですよ」

 愚王といえど、一国を治めていたのは事実だ。本人は少々散財が目に余る程度で、国が決定的に傾くようなことはしていない。

 僕を用もないのに呼びつけて要請拒絶状態になり、その後本当に魔物の脅威に晒されたときが、エイブン国では近年最大のピンチだったとか。

〝呪術の痕跡は皆無で、王はハリダ。リオハイル王国に何かあったら、ここに移住するのも良いかもしれんな〟

 ヴェイグが老後の終の住まいのことを考え出す程度には、平和な国だ。


「それにしても……いやはや」

「はい?」

 上品な香りのお茶と、スコーンを美味しく頂いた後、ハリダが急にニコニコと笑みを溢れさせた。

 どうしたのだろうと首を傾げていると、ハリダが耳に手をやった。

「おめでとうございます。後日になりますが、祝いの品を送っておきます」

 僕も左耳のピアスを意識する。

 庶民は式を挙げたとしてもお互いの両親や近親者、近所の人が参加する程度の、少人数でのお披露目のみが一般的だ。僕もメルノも両親はおらず、近所の人を呼ぼうとしたらトイサーチ商店街の皆様が集結しそうだという理由で、式は挙げていない。

 ピアスを見て意味がわからない人はいないと言うから、特別にどこかへ通達もしていない。

 祝いの言葉や物を贈られたら、拒むのは伴侶に失礼にあたる。

「ありがとうございます」

 一国の王様からの「祝いの品」とやらに戦々恐々としつつも、断ることは出来なかった。




「またいつでも来てください」

 ハリダと側近の皆さんから社交辞令ではない言葉に見送られて、城を出たのは昼過ぎだ。

「本当に前の王様と親子なのかな」

 鳶が鷹を生む、を目の当たりにした。

〝あまり似ておらぬしな〟

 正直、前の王様の顔をぼんやりとしか覚えていない。胡散臭い顔だなと、まともに見ていなかった。


 城から十分ほど歩くと、城下町にたどり着く。

 この国には何度か来ているけど、町を観光目的で歩くのは初めてだ。

 最初は解呪のために走り抜けただけで、次は胡散臭い王様だったから。


 露店街をふらついて珍しいものを少し買ったり、適当なお店に入って小腹を満たしたりした。

「暑いなぁ。茹だりそう」

 トイサーチのあるアーノ大陸は常春、人の住まないスィア大陸は常冬というように、大陸ごとに一年中似たような気候の国が多い。コイク大陸のみ四季があり、日本みたく一年で四季が巡るわけではなく、年単位でゆっくり変わっていくそうだ。

 そしてここ、シーズ大陸は常夏の国だ。

 魔法による冷房設備が整っていて、屋内ならばどこへ行っても快適な温度が保たれている。

 しかし外はとても暑い。

 流石にいつもの装備から上着とマントを取っ払ってあった。

 マントからフードを外してかぶった状態で道を歩いていたら、熱が篭もってきた。

 熱中症が怖いから、思い切ってフードも脱いだ。


 一気に視線が集まったので、町の外へ出た。


「髪の毛染める方法とかある?」

〝髪を染めるとは、布のようにか? 染料を人に塗るのは良くないだろう〟

 どうやらヘアカラーの概念が無いらしい。

 頭を隠す良い方法はないかとヴェイグと意見交換しながら、人の気配の少ない場所をとぼとぼ歩いていると、潮の香りが強まった。

 海が近いらしい。

 海ならトイサーチの近くにもある。ただ余り綺麗じゃないし、海といえばこういうものだとヴェイグが言っていたので正直期待はしていなかった。




 コバルトブルーの宝石みたいな海が広がっていた。

「凄い!」

〝これは、本当に海か?〟

 白くてサラサラした砂浜に、青と翠のグラデーション。今日は天気も良いから水平線の果てまで嘘みたいな景色が見渡せる。

〝アルハ、水の味を見てくれないか〟

 未だ懐疑的なヴェイグに頼まれて、水を手で掬いひと舐めする。塩辛かった。

〝素晴らしいな。海とはこうも美しいものだったのか〟

「日本でも沖縄とか行けばこういう感じらしいけど、いいなぁ、ここ」

 泳ぐのは余り好きじゃないから、海水浴は中学時代に友人と一度行ったきりだ。

 電車を乗り継いでたどり着いた海水浴場は、人が多すぎて碌に遊べなかった思い出しかない。


 ブーツを脱ぎ、ズボンの裾を捲って波打ち際に入る。

 ぬるいとはいえ、水の中だ。暑さが和らぐ。

 しばらく堪能してから、ずっと代わりたそうなヴェイグと交代した。




 ヴェイグが華麗に飛び込みを決めてくれたから、全身ずぶ濡れになった。

〝すまん……〟

「いいよ、気持ちはわかる」

 僕でも、水着があったら浸かりたい気分だったし。

 シャツを脱いで絞っていると、人が何人か近づいてきた。

「あの、もしかして伝説レジェンド? こんなところで何を?」

 良い歳した男が海で一人遊びしているのを見られていたらしい。

「えっと、海が綺麗だったから、つい入ってみたくなって」

 内心の動揺を押し隠して、言い訳めいたことを返す。

伝説レジェンドはこの海がお気に召したのですか」

「はい。すごく気持ちがいいですね」

 尋ねられたから正直に答えた。

 それだけだったのに。




 後日、メルノとマリノを連れてきた。

 以前は僕以外の人影なんてなかったのに、大勢の人でごった返していた。

 海に薄着で入っている人もいるし、砂浜には敷物の上でくつろいでいる人もいる。

 周辺には露店まで並んでいる。

「前はこうじゃなかったんだけど……」

 思わず恐縮する僕を他所に、メルノとマリノは海を見て歓声を上げた。

「すごく素敵です。こんな景色があるなんて……」

「入っていい!?」

 ふたりははしゃぎながら、足を出して波打ち際に駆け出していく。

 マリノはともかく、メルノがこんなにはしゃぐのは珍しい。いいものが見れた。

 僕がふたりを見守っていると、人が近づいてきた。以前、僕に「ここで何を?」と訊いてきた人だ。

伝説レジェンド! 本当にお気に入りの場所なのですね」

「こんにちは。人が増えましたね」

「はい! 伝説レジェンドご贔屓の地として宣伝しましたら、お陰様でご覧の盛況で」

 僕のせいだった。



「商魂たくましい……」

〝他の場所を探すか〟

 露店の食べ物をいくつか押し付けられながら、僕とヴェイグは静かだった海に思いを馳せた。

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