ついてまわる

 発生源からは、既知と未知が混ざった気配がする。

 既知の方は……。


「やっぱり来たね、アルハ」

 以前シーラとパーティを組み、シーラをけしかける形で僕に手を出してきた冒険者。

 元英雄ヒーロー、アイネがそこにいた。

 以前会ったときは人間だったのに、下半身が蛇になっている。

 尾の先からはポコポコと卵が産み出され、それが次々孵り、瞬く間に成長している。

 ラミアの発生源はアイネ自身だ。


「もう私は止まらないよ。いくら伝説レジェンドでも、無限に増える魔物には敵わないでしょう?」


〝あれは呪術だ〟

 人も心が壊れると魔物と化すことがある。

〝人の部分を残している。ディセルブにおいても、存在を抹消されたはずの術だ〟

 魔物になった元人間は、何人か見た。全身が変貌を遂げていて、今のアイネのように人の言葉を理解し話す魔物はいなかった。

「抹消された術って、アイネが好きそう」

〝どこで知ったのか、足跡を洗う必要があるな〟

 少し前まで呪術の予想外な使い方に興味を示していたヴェイグが、嫌悪感でいっぱいになっている。

「[解呪]は試すけど、どうする?」

〝効かなかったら、俺にやらせてくれ〟


「後悔? 命乞いする?」


 僕とヴェイグだけで会話している間、僕が怖気づいたとでも勘違いしたアイネが、口から蛇舌をちろちろと見せながら、ねっとりと喋る。

「聞いてみたいことはあるけど、もういいや」

 どうして呪術に手を出したのか、何がしたかったのか。先に聞いておくべきかもしれない。

 聞いたところで理解はできない。どう考えてもまともな思考で自身の魔物化に至るわけがない。

 解呪が効けばその後聞き出せばいいし、駄目なら魔物として処理するだけだ。


 右足で地を蹴って、一気に距離を詰める。アイネの頭を左手で掴み、[解呪]を発動させた。


「あああああっ!」


 ばちん、と放電のような現象が起きて、アイネの蛇部分が尾の方から解けるようにかき消えていく。


「や、やめっ、消え、消えるううううう!」


 成長していたラミア達が一斉に飛びかかってくる。

 さっきと同じ要領で、今度は刀を使わずに衝撃波を放つ。ぱん、と軽い音をたててラミア達は消え失せた。


 既に、尾から卵を産むことはできないようだ。ラミアはそれ以上増えなかった。


 アイネの下半身から蛇の部分が剥がれるように消え、人の下半身が現れた。

「あ……が……」


 解呪できた。アイネは気を失い、顔は涙や鼻水、その他の水分でぐちゃぐちゃだ。

 フードつきマントを脱いで、ほとんど裸のアイネを覆ってやった。



「……どうしよ」

 マントを被せたとはいえ、裸の女性を抱えて運ぶのは、ちょっと。しかもアイネだし。

〝馬車を呼べばいい〟

「それだ!」

 自分が普段使わないから、馬車や荷車っていう発想がなかった。

 すぐに通信石で冒険者ギルドに連絡を入れた。




 迎えに来た馬車にアイネを乗せ、途中でクラインとレウナを拾ってギルドに戻った。

 ギルドハウスの一室で諸々の話をしている最中に、シーラがやってきた。体調は良さそうだ。

「アルハもいたのか、すまない。では私は一度……」

 僕はシーラとアイネに対し、今後一切関わらないようにしたいと通告してある。

 でも、今回の討伐に携わった重要人物だから、この場にいるのは仕方ない。

「今はいいよ。聞きたいこともあるし」

「そうか、ならば……その前に一つ、言わせてほしいことがある」

 シーラは突然改まった様子になり、僕の返事を聞く前に、僕の目の前に立った。

 それから、右手を胸に当てて丁寧な挨拶の仕草をした。


「結婚、おめでとう」

「ありがとう」

 反射的にお礼が出た。

「って、え? 言いたいことって、それ?」

「ピアスが見えたから。祝福すべきものでしょう」

 思わず左耳のピアスに触れる。

 シーラって、アイネと関わらなければまともな人なのかもしれない。


 シーラも加わって話をしていると、部屋の外が騒がしくなった。

「何事だ」

 あまりの騒々しさに統括が扉の外へ声をかけると、男性の冒険者がひとり駆け込んできた。

「シーラの腕が俺のせいで……治ってる!!」

 男性はシーラの姿を見つけるなり、すがりつかんばかりの勢いでシーラに迫った。

「んなっ!? あ、貴方は?」

「よ、よかった……。貴女に助けられた者です。この右腕、差し出す覚悟でした」

 どうやらこの男性、自分の腕を切ってシーラにくっつけてほしいと訴えていたらしい。

 しかし男性自身も重傷を負っていて、怪我はヴェイグがまとめて癒やしたものの体力の消耗が酷く、つい先程まで眠っていたそうだ。

「失ったのは私が未熟なせいだから、貴方が気に病む必要はない。それに、他人の腕を貰うなど、考えられない」

 ヴェイグによれば〝そもそも付かぬ。不可能に近い〟とのこと。

「落ち着け。今は重要な話の最中だ」

 尚も興奮しシーラの前で号泣する男性は統括の一声で我に返り、詫びながら退出していった。

〝他人の腕を貰うなど考えられぬ、か〟

 ヴェイグがつぶやきたくなるのは、わかる。




 アイネは簡素な服を身につけ、両手両足を拘束された状態で、ギルドハウスの一室に転がされていた。

 ここのギルドハウスには牢がない。一番奥まった場所にある半地下の倉庫のような場所を、急ごしらえの牢にしている。

 統括とシーラ、それに僕が牢の中に入ると、アイネはギラギラ光る眼でこちらを睨みつけてくる。

 ここまできて懲りてないのは、最早感嘆に値する精神力だ。


「復讐とあてつけ以外に、呪術を使った理由ある?」

「ぐ……」

 僕が先制して問いかけると、アイネは短く呻いて黙りこんだ。

 本当にそれしか理由がなかったらしい。

「じゃあ、呪術を知った経緯を話して。全部」


 渋ったり、中二病用語で煙に巻こうとするたびに[威圧]を加えていたら、アイネがぐったりと動かなくなってしまった。


「すみません、やりすぎました」

「いや、仕方ないでしょう。アルハ殿が呪術を嫌悪している話は聞き及んでいます」

 統括に向かって反省を口にすると、統括は目をそらしながらフォローしてくれた。シーラは怯えた様子で無言のまま僕を見上げている。

「一時でも貴方の敵に回ったこと、完全に後悔してるわ……」

 アイネを寝かせて部屋から出るとき、シーラが何か言っていた。



 アイネから聞き出せたのは、ディセルブの王族の生き残りがいる話と、彼らが住んでいる町の名前だけ。

 どちらもすぐタルダさんに連絡をとって確認した。


「ええ、お察しの通り、生き残りはファウ姉上のことですね。他には私の知る限りでは存命しておりません」

 聞き出した町の名前はノルブ。ディセルブの近くにある小さな町で、以前ファウさんが冒険者ギルドを乗っ取り教会を自称して、呪術を教えていた場所だ。

 解呪後に改心したファウさんから聞き出した呪術者リストを元に、オーカ達の協力を得て呪術の芽は潰したと思っていた。

〝あのとき、追いきれなかった者か、死んだとされていた者が生きていたか〟

 ヴェイグの言う通り、可能性はいくらでもある。現実に、アイネが簡単に手を染めてしまった。


「これ以上忙しくなりたくないのに……」

〝解呪して回ることはなかろう。発生したら、都度潰せばいい〟

「でも」

〝俺の呪いは解けている。アルハが全て背負い込むことはない〟



 ギルドハウス内のあてがわれた個室で、一晩中懊悩していた。

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