VSラミア

 ドゥークの町はあちこちから煙が上がっていた。

 町から少し離れた場所に、難易度Sの気配がいくつもある。


「クライン、レウナ。向こうにいる一体が、一番近い」

 町の北を指し示して、気配の在り処を伝える。

「ギルドに重傷者がいるから、治療してから僕も向かう」

 このふたりなら僕が行く前に片付けられると思うけど、安心させるために言っておいた。

 ふたりは緊張の面持ちで頷いて、駆け出した。



 野戦病院ってこういう感じなのだろうか。冒険者ギルドハウスのホールには布を敷いただけの床に怪我人が数十人、所狭しと横たわり、あるいはスペースが足りず座り込んでいた。

 入ってすぐ、ヴェイグが無言で全身交代し、治癒魔法を範囲で使ってくれた。

 突然治った傷にどよめきが起きる中、受付の近くで指示を出していた統括に声をかける。

「これは……貴方でしたか」

 フードからちらりと顔を見せると、統括は納得したとばかりに安堵の笑みを浮かべた。

 顔と名前が広まってしまって、面倒くさいことも多いけど、こういうときは便利だ。

「シーラはこちらです」

 挨拶もそこそこに、怪我人の中にいなかったシーラの元へと案内される。

 [気配察知]で場所は把握済みだ。でも、彼女と僕は妙な噂をたてられているので、僕が案内もされずにシーラのもとへ直行したらまたぶり返されるかもしれない。

 こういうところが、面倒くさい。



 ホールにも重傷者は何人か居た。

 シーラはそれより更に酷い状態であるとして、個室で集中治療を受けていた。


「!」

 個室に入り、寝台で意識のないシーラの姿を確認し、僕とヴェイグは絶句してしまった。


 シーラの右腕、肘から先が、無い。


「他の冒険者を庇って、魔物に食いちぎられたのです」

 統括が短く説明をくれる。

「では、右腕は」

 身体はまだヴェイグが使っている。

「魔物は倒しましたが、出てきませんでした」


 治癒魔法では、完全に消失した身体の部位を復元できない。

 ヴェイグが失くなった部分の在り処を聞いたのは、残っていれば一縷の望みがあったからだ。


 僕の躊躇ためらいは一瞬だった。

〝試したいことがある〟



 ヴェイグに他の怪我を治してもらってから、交代した。 

 右肘に手を当てると、シーラの身体がびくりと反応した。どうやら意識は戻ったものの、目をあけたくないようだ。

 僕はそのまま右肘の切断面を掴み、あるスキルをシーラに流し込むようなイメージを頭に浮かべる。

 ディセルブの王族でなくとも、人はスキルを使える。

 だったら、シーラほどの冒険者なら、可能性はあるはずだ。

「シーラ、そのまま聞いて」

 イメージのまま本当に、僕から何かをシーラに流し込むことに成功している。

「スキル、っていうものがある。今、僕が持つ[再生]のスキルをシーラに渡してる」

〝アルハ!?〟

 渡す、なんて言ってしまったから、僕から[再生]のスキルが失くなってしまうのでは、とヴェイグが心配してくれた。

 元からあまり使わないスキルだし、渡せるなら貰うこともできるはずだ。

 だから心配いらないと、ヴェイグに手短に伝えた。

〝そういうことをするから、誤解されるのだぞ〟

「ぐぬ」

 一瞬集中が途切れた。すぐに気を取り直して、続ける。

「[再生]は欠損した部位を元通りにすることができる。……やってみて」

 やり方のイメージも渡しているから、わかるはず。

 不安はすぐに消えた。


 シーラの右肘に当てていた手の下に、失ったはずの右腕が現れた。


「奇跡だ……!」

 しばしの沈黙の後、統括が叫ぶと、治療にあたっていた他の人からも歓声が上がった。

 シーラも起き上がり、呆然としながら右腕をあれこれ動かしている。

「痛みや違和感は?」

「ない。アルハ、貴方には私……」

「体力戻ってないだろうから寝てて」

 シーラが目に涙をためながら僕を見上げるので、僕は慌てて部屋から出た。多分手遅れだ。また誤解を解く日々が始まるのか。


 僕を追ってきた統括に、魔物の元へ向かった仲間に合流すると伝えて、ギルドハウスを出た。



〝アルハ、スキルは〟

 クライン達のもとへ向かって走りながら、ステータスを確認する。

「大丈夫、残ってる。後でシーラにも聞こう……ん? あれ?」

 [復元]はスキル一覧に残ったまま、新しいのが増えていた。

「[貸与]だって。一時的に貸した、ってことかな。後でクライン達に頼んで試させてもらおう」

 スキルから[全]の表記が消えた今、新しいスキルを得るのは難しいはずだ。

 スキルを貸そうとしたのは、初めてだったのに。

「[全]って何だったんだ」

〝『全て』の意味だろう〟

「いやでも、消えてからも新しいのすぐ使えるし」

〝すぐ、ではない〟

「?」

〝アルハはその時必要なものだけを、必死になって覚えようとする。他の者にはない意志の強さだ〟

「どうかな」

 確かに必死ではあった。ただ、それだけなら世界中の人が使えるようになりそうなものだ。

〝俺とて必死だが、ただアルハの後を追っているだけだ。アルハはその強靭な意思で、自ら切り拓いていく。その差だ〟

 よくわからないけど、ヴェイグが僕を褒めてくれるのだけわかった。



 クラインとレウナは、予想通り難易度Sをものともしていなかった。

 周囲には戦いの後と、倒れたばかりの魔物。

 上半身が女性で下半身が蛇の魔物は、僕が最初に察知したときより数が大幅に増えている。

「おまたせ。後はやるから、休んで」

 戦列へ割って入り、手当たり次第に魔物をなぎ倒す。

 ついでにふたりの怪我もヴェイグに治してもらった。

「師匠、こいつら次々に……!」

 退いてと言ったのに、クラインは僕の背後を守るように剣を構える。

 レウナもその場を立ち去る気はなさそうだ。

 そうしている間にも、魔物はどんどんこちらへ向かってくる。本当に減らない。

〝ラミアはえるのが早いと聞くが、こういうことではない〟

 増えすぎたラミアが町へ侵攻しているわけではなく、今この場で次から次に発生している。

「一旦全滅させようか。クライン、レウナ、こっちへ」

 近くに来たふたりを覆うように、ヴェイグが結界魔法を張った。

 結界魔法の発動と同時に、僕は意識を集中させて、力を解放した。

 スキルで創った透明な刀に、その力を乗せて、半円を描くように振り抜いた。


 衝撃波で、視界に入るラミアはすべて吹き飛び、絶命した。


「すごい……」

「これが師匠の全力……」

 見える範囲のラミアだけ倒せたらいいかなと思ったから、全力ではなかったりする。

 全力でやってたら、近くにあるドゥークの町は壊滅してる。

 言うとまた面倒になりそうだから黙っておいた。

「発生源は別にあるみたいだね。クラインとレウナは町を守ってて」

「は、はいっ」

「わかりましたっ」

 修行中も僕の言うことを割と素直に聞いてくれていたふたりだけど、輪をかけて素直だ。

 返事に安心して、発生源の方へ向かった。

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