22 別の強さ

 ラクの気配がしたから、上半身を起こした。

 僕が外の世界にいないから、こちらへ探しに来てくれたんだろう。

「収まってる?」

“大丈夫だ”

 ヴェイグに確認してから、気配を解く。異界で1人になりたいときは、気配を留めておかないとラクにすぐ見つかってしまう。


「お主も難儀じゃのう」

 ラクがへらりと笑いながら近づいてくる。

 その通りだから何も言い返せない。


「メルノの身体を確認してきたぞ」

 両足を投げ出してべたりと座っている僕の隣に、ラクが腰を下ろす。

「ハインから聞いたの?」

「そうじゃ。背中に、あった。痛みはもう無いようじゃが」

 また心がざわつき出すのを、必死で抑える。

「その前に、メルノにアルハが知っておることも話しておいた」

「……うん」

「驚きはしたが、同時にお主の身を案じておった」

「え?」

 ひどい目に遭っているのはメルノだ。それを僕に知られまいと一生懸命隠していたのも。

 その状況で、どうして僕のことを?


「アルハが苛立ちを抑えきれぬあまり、周囲を傷つけてしまい、それによってお主が傷つくことをな」


 感情で暴走するのは、だいぶ飼い馴らした……と、思い込んでいた。

 メルノの話を初めて聴いた時、膨れ上がった負の感情が無意識に竜の力を起こしてしまい、例の放電現象が、周囲を物理的に焦がした。

 更に、話を聞かせてくれたデュイネに、火傷を負わせてしまった。

 火傷はすぐにヴェイグに治してもらい、謝ると、デュイネは「気にするな」と言ってくれた。

「この事態を引き起こした責任は、自分にある」

 絶対デュイネのせいじゃないのに。その上で、さっきの態度だ。

 ことが解決したら、デュイネには改めて謝りに行こう。


 それにしても、メルノは。僕のことを案じてる場合じゃないのに。

 僕がまた頭を抱えて気が済むまで転がるのを、ラクは辛抱強く待ってくれた。


「ところで、こんな話になっておるぞ」

 ひとしきり転がってから身体を起こすと、ラクから、森で会ったフロウという人の話を聞かされた。

「あの家を? うーん、そっかぁ」

 家の中にいるメルノ達は安全だ。ヴェイグが張り切り、僕の魔力まで使って施した結界魔法の威力が凄まじくて、メルノやマリノに少しでも害意のある人は、あの家の存在にすら気付けない。襲撃しようなんて腹積もりのやつは、家の位置が特定できたところで、近寄ることも出来ないはずだ。

「返り討ちにする好機ではないか」

「いや、しないよ」

 待ち構えて、現行犯で捕まえて、お灸を据えることは簡単だ。

 それをやってしまうと『騒ぎを起こせばアルハが出てくる』と思われる危険が大きい。

 僕は連中に対して、今まで一度も自分から姿を見せていない。

 通りすがりに声をかけられても、完全に無視している。

 この態度のせいで余計に、その謂れなき怒りがメルノに向いていて、本当にどうしようもない。


「儂がやろうか」

 ラクのこの申し出を断るのも、何度目だろう。

 ハインなんかは「俺がパーティを組みクエストで事故にみせかけて……」とか、黒いことまで考えてくれた。青の英雄ヒーローが黒って。


 皆に散々心配されて、メルノにも気を配ってくれて、それで僕は落ち着くことができた。

 それでも、現状の打破には至らない。


 ところが、思わぬところから事態が動き出した。




 5日ほど、トイサーチで過ごしたけど、結局襲撃はなかった。

 僕がトイサーチにいることはいつのまにか広まっていて、メルノも最近は嫌がらせを受けていない。

 僕の前ではやらないっていうのが、姑息だ。


 その日請けたクエストは夕方になる前に終わらせることが出来た。

 少し早めにいつもの商店街へ買い出しに出かけると、青果店の前で何人かが揉めていた。

「高すぎるでしょう!? 値札の十倍じゃない!」

「売ってやるだけありがたく思え。嫌なら他所へ行け」

 大声でお店の人に苦情を言っているのは、冒険者だ。女性ばかり三人、はしたないレベルで声を荒げている。

 ここはトイサーチだから、僕が首をつっこまなくても揉め事はすぐに収まる。

 ほどなく商店街常駐の警備兵がやってきて、仲裁に入ろうとして……警備兵は問答無用で冒険者を引っ立てた。

「あっ……」

 メルノが声を上げ、しまったという顔で口を手で抑えた。

「知ってる人?」

 メルノが声を上げたのは、冒険者の方に見覚えがあるということだ。

 青果店のおじさんとは、僕も顔なじみだ。買い物をすると、いつも何かしらおまけを付けてくれる気のいいおじさんなのに、あの冒険者に対しては露骨に険悪な態度だった。

「あのひとたち、おねえちゃん叩いてた」

 マリノがさらりと言いつけてくれた。

 追いかけなかっただけ、よく自制できたと思う。

「あの、えっと……」

「その話は後で。どうして青果店のおじさん、あんな態度を」

 話を聞くべく近づくと、おじさんはいつもの笑顔で「いらっしゃい!」と迎え、お勧めの果物の試食を差し出された。先程までの騒ぎが嘘のような穏やかさだ。



「おお、あいつらか。人相書きが出回っててな。もうトイサーチじゃ、まともに買い物できやしねぇぜ」

「人相書き?」

 おじさんが棚からひょいと取り出した紙には、先程の女性たちの似顔絵に一文が添えられていた。

「要注意人物 私利私欲のために他の冒険者に暴力を振るう不届き者 トイサーチ北商店組合」

 横から覗き込むメルノがおじさんを見上げると、おじさんはニッと口角を上げた。


 そのあとの話をまとめると、メルノに嫌がらせをしていた連中は皆、町を出ていった。


 商店街のひとたちは皆、昔からメルノとマリノの味方だ。

 メルノに迷惑をかける冒険者たちの対処に僕が困っていると聞いて、立ち上がってくれた。

 やることは単純、ものを売らないだけ。

 宿屋のご主人まで「お前らを泊める部屋はない」とやってくれたらしい。

 はじめは北の商店街の一部で始まったことが、次第に広まり、商店組合に加入していないお店も販売拒否しだした。

 冒険者ならば、食材を自力で調達して野営でもすれば死にはしない。しかし彼女らは、僕に寄生して甘い汁を吸おうと考えるような、情けないタイプの人たちだ。クエストを自力でこなしお金はあっても、物が買えず、宿屋に泊まれないのでは、やっていけない。


「メルノちゃんのことがなくても、あいつらの行動は目に余ってたからな」

 詳しい話を聞かせてくれたのは、行きつけの肉屋のご主人だ。

「冒険者が魔物から町や人を守ってくれてるのには感謝してる。だけど、それを笠に着るやつがいるんだ。あれは、そういう連中だった」

 僕が「うわあ……」という顔をすると、ご主人が笑って、さらに付け加えた。

「冒険者は、良いやつと悪いやつ、両極端でな。昔からよくやる手なんだよ、ああいう輩には」


 僕には絶対できない手段をこともなげにやってのけたご主人が、とても頼もしく見えた。

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