23 まどろみ

 家で、メルノとよくよく話し合った。

「こちらの問題に、アルハさんの手を煩わせては……」

「原因、僕じゃん。メルノだけの話じゃないんだよ」

 商店街での揉め事を見た後でも、メルノは持ち前の強情さを発揮して、なかなか口を割ってくれなかった。

「アルハにいはわるくないんだよ」

 マリノはどちらの味方とも付かない。時折、メルノの説明に補足してくれるのでありがたかった。

 ヴェイグは、メルノに関する話は僕に丸投げ状態だ。完全に沈黙し、中で瞑想し続けている。

 本当に、用事のないときはずっと瞑想してる。大丈夫かな。少し心配になってきた。


「メルノと僕が逆の立場で、僕がずっと黙ってたらどう思うの」

 ハインに似たようなことを言われたっけ。確かに全部一人でやろうとするのは、短所だ。

 メルノは「むぐ……」と言ったきり、黙り込んだ。

 しばらく待っていると、俯いたまま、ぽつりとつぶやいた。


「また、似たようなことが会ったときは、必ずご連絡します」


 なんとか約束は取り付けられた。次がないことを祈るばかりだ。




 トイサーチに半月も居座ってしまった。

 だって、めちゃくちゃ居心地がいいんだよ……。


 例えば休養日に、ラクがあちこちで集めてきた本を借りて、部屋で読んでいるとマリノがやってくる。

 ベッドに腰掛ける僕の膝に割り込むように座り、僕の本を覗き込んでくる。

「なんてかいてあるの?」

 この世界の文字にも漢字と平仮名のようなものがある。マリノは難しい漢字はまだ読めない。

 僕は転生効果で一応どちらも読めるので、内容を要約したものを伝えたり、そのまま読み聞かせたりする。

 そうしているとマリノを探しにきたメルノがやってきて、僕らの様子を見て薬草茶を淹れてきてくれる。

 カップは3つあり、サイドテーブルにトレイごと置くと、別の本を手にとって僕の横に座る。

「これ、読んでもいいですか?」

 家に本はないけど、メルノ自身は本が嫌いというわけじゃない。贅沢品という考えが浸透していて、一介の冒険者が家に置くものじゃないと思い込んでいたそうだ。

 僕が了承すると、メルノはそのまま僕の横で読み始める。しばらくすると、メルノが僕に寄りかかってくる。夢中になって、読みやすい体勢になろうとすると、そうなってしまう。わかる。

 で、僕はというと……肩や背中にはメルノ、お腹のあたりにはマリノ。二人の体温でどんどん眠くなってくる。

 気がつくと、三人そろって昼寝してしまっている。ヴェイグも瞑想か睡眠かわからない状態になってしまうから、誰も止める人がいない。


 ……こんな感じで、平和を凝縮した日々を送っていたら、半月経っていた。

 僕が夢に描いていた生活がそこにあったのだから、仕方ないよね。



 夜は、寝る前に家を抜け出して、町や周辺をぐるっと移動する。呪術の痕跡を探し出して消すためだ。

「見当たらない」

“良いことではないか”

 上から降りてきて以降、痕跡を全く見ていない。

 ヴェイグの言う通り、良いことなんだけど……腑に落ちない。

“青龍の言った、呪術を消して回れば影響は少なくなるという話と合致するではないか”

 四魔神が呪術でできていて、それを全部倒した。六大陸中五大陸で呪術を消して周り、残りの一大陸は呪術の痕跡もなかった。

 後は、リグロみたいな不届き者が出ない限り、痕跡は現れないはずだ。

 なのに、なんだろう、この胸騒ぎは。

“手元にあるからではないか”

 ヴェイグが言いたいのは、僕らの状態が呪術で構成されている、ということだ。

「そうだね」

 僕の不安の源はそこじゃない。でも、他に考えつかないから、肯定しておいた。




 トイサーチとメデュハン、ジュリアーノを異界や転移魔法で飛び回っていたラクから、呼び出された。

 僕に話があるというので、異界へ行く。

「家じゃだめだった?」

「説明の面倒なことが多くての」

 ラクは竜の里や異界のしくみ、僕の感情を汲み取れる話だとか、説明できることからラク自身にしかわからないことまで、とにかく人に詳細を語りたがらない。

「知りたければ自ずと答えにたどり着けるし、知らずにおっても差し支えないでの」

 尤もらしいことを言っているけど、要は「面倒」の一言に集約される。

 これがラクなので、僕はもう突っ込まない。



「お主が視た黒竜と人との戦、それと、今の世界の状況との関わりが、凡そ分かったでな」

 ラクはそう切り出した。




 ラク、というか竜の記憶通り、黒竜は人の勇者に斃された。

 その後、黒竜の死体を持ち去った人々が、今ある国のいくつかを興した。

 黒竜はその欠片一つだけでも、人間の数万人分はある膨大な魔力を蓄えていた。

“そういうことか”

 ヴェイグも瞑想をやめて、話を聞いている。

「そういうこと、って?」

“アルハが以前、疑問に思っていただろう。魔道具の魔力の供給元について”

「……まさか」

 魔力を球状にしてヴェイグに渡したり、スキルで作ったものに貯めておくことは、他の人はできない。ラクにもできなかった。

 それならどうやって、電気が発明されていないこの世界で、照明や台所のコンロ、冷蔵庫が動いているのか。

 ヴェイグからは“魔力で動かしている”と聞いた。

 ディセルブの飛行船には、魔力を液状化して蓄える技術があった。

 その技術ができる以前から、電気の代替品として魔力がどこかに蓄えてあった。

 どこか、ではなく、黒竜の欠片から、魔力を……。


「いくらなんでも、無尽蔵じゃないよね」

「無論じゃ。しかし、長い間使い切れぬほどの量はあった。その間に、人の魔力を蓄える術を編み出したのじゃよ」

“人は、業が深いな”

 ヴェイグが沈痛な声を出す。

「お主が生まれるより、ずっと昔の話じゃ。気に病む必要はない」


 今の話から、どうやらこの世界の人間の生活は、黒竜の死体の欠片の上で成り立ってる。

 何かをするには犠牲は付き物、だとしても。

“黒竜は、何故殺された?”

「それも、気に病む必要は……」

むくろを弄ぶなど、魔物以下の所業ではないか”

「黒竜がそれを望んだとしてもか」

“何?”

 僕が視た光景の黒竜は、そうは見えなかった。


「まあ聞け。ジュノ国の文献を紐解き、世界中の書物を読んできた。各地の人間の王は確かに黒竜の亡骸を利用したが、黒竜がそう仕向けたのじゃよ」

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