21 熱し難く冷め難い

 森を進み、魔物の場所までもうすぐであるとラクが告げると、メルノは立ち止まった。

「ラクさん。ありがとうございます」

「何の話じゃ?」

 ラクとマリノも立ち止まった。


「さっきの人を遠ざけてくれました」

 メルノは丁寧に頭を下げた。

「頭を下げぬでよい。なんじゃ、メルノも気づいておったか」


 フロウに敵意はなかったが、ラクの言う「復讐をさせる」は事実だ。

 メルノに嫌がらせをしようとする元仲間を止めたのも間違いはないが、本人はアルハに迷惑をかけたくないだけで、メルノのことはアルハの添付物としか思っていない。

 良くて、メルノに優しくしておけばアルハと近づけるかもしれない、という腹づもりである。

 悪意はないが、たちが悪い。


「はい。あの手の方は沢山見ましたので」

「苦労しておるのう」

 ラクが思わず同情の声を上げる。

「それで、ラクさん。アルハさんが演技をしているというのは……」

 ラクに人の心を読むすべはない。洞察力に長けているため、結果的に心を覗いているように見える。

 しかし、同じ竜に対しては、感情を覗くことができる。

 アルハは完全な竜ではないが、それ故か、心の裡を感じることがある。

 ラクは苦笑いを浮かべると、「すまぬな」と小さく口にした。


「お主が嫌がらせを受けている話、アルハは知っておる。知ったときから、あやつの腸は煮えっぱなしじゃ」

「えっ」

 メルノの反応は悲鳴に近かった。

「で、でもあの、あの人達にはギルドが処罰を」

「承知の上じゃ。その連中が懲りておらぬこともな」

 普段は底なしに優しく穏やかなアルハだからこそ、怒りを顕にする時はどれだけ恐ろしいかを知っている。

 アルハ自身に向けられる悪意には全く動じないくせに、対象がメルノであると、あっという間に箍が外れるのだ。

 マリノは握ったままのラクの手を、更に強く握りしめた。不安が伝播したらしい。

「案ずるな。お主らには決して向けぬよ。……マリノ、お主意外と力強いのう。ちと緩めてくれ」

 握る力は緩まったが、マリノは目線を足元に向けたまま、首をいやいやするように振った。

「それに、ああは言うたが仲間を傷つけるようなこともせぬ。度が過ぎればヴェイグが止めるじゃろうしな」

「は、はい……」

 メルノは若干怯えながらも、頷いた。




◆◆◆




 ギルドハウスの統括室で、デュイネが僕の前で床に両膝をついて頭を下げている。

「お願いですからやめてください。デュイネには感謝しかないですってば」

「本人がこう言うのだから、もういいではないか」

 僕とハインの二人がかりで説得し、デュイネはようやく椅子に座ってくれた。でも目を合わせてくれない。


 メルノたちが他の冒険者から嫌がらせを受けている件、かなりひどい状況のようだ。

 推定なのは、メルノの口から直接聞けていないから。何度もそれとなく話を振ってるのに、絶対に話してくれなかった。

 この件に関しては、マリノすらだんまりを決め込んでいる。

 本人が周囲に口止めしていることを、僕が知っていたらおかしいので、僕からも聞けなくなっている。


 詳しい話を聞こうとデュイネに会いに来たら……デュイネは僕を見た瞬間、手にしていた書類を投げ出して、先程の状態になった。

 年上の人に跪かれると、ものすごく落ち着かない。

「メルノ達のことだろう。本当に、申し訳なくてな」

 やっと僕を見てくれたデュイネが、ぽつぽつと語りだした。




 僕が英雄ヒーローになった頃から、トイサーチには他の町を拠点にしていた冒険者が大勢押し寄せてきていた。

 大半は、僕の姿をひと目みたいとか、かなりどうでもいい理由……いや、ささやかな願望ゆえだ。

「見るだけならいつでも……んんー」

 人前に出るの苦手です。見世物はもっと嫌だ。

「……僕なんか見どころ無いのに」

 良く言って、黒髪黒目が珍しいくらいだ。

「アルハは見目が整っているじゃないか」

「ハインに言われたくない」

 ハインは、元の身体のヴェイグほどじゃないけどイケメンの部類だ。ラクと組むと美男美女で歩く目の保養、なんて言われてたりする。

「アルハ、俺が言うのも何だが自覚したほうがいいぞ」

「何が!?」

 話の腰を折られたデュイネが何か言い出した。

“自覚を持て”

「ヴェイグまで何を言い出すの!?」

 キング・オブ・言われたくないはヴェイグだよ? 最近、中で“アルハの真似をする”ってずっと瞑想してて、久しぶりに喋ったと思ったらコレだよ。


 この件についてはもういいから、と話の続きを促した。




 問題を起こしているのは、ごく一部の人間だ。

 時折トイサーチに戻ってくる僕とパーティを組むメルノとマリノに対し、はじめは羨望の眼差しを向けるだけだった。

 ギルドに姿を見せる僕が、言い寄ってくる人に塩対応するのを見て、しつこいひとも大体諦めてくれた。


 しかし、斜め上の思考回路を持った数人は、メルノが僕から去れば、メルノのポジションに入り込めると考えた。

「最近はマリノばかりがクエストを請けに来ていたよ。メルノがここへ来ると、その連中に絡まれて」

「手を出されたりは」

「……していたよ」

 立ち上がって、扉へ向かおうとするのをハインに止められた。

「まだ話は終わってないぞ」

「メルノの身体を確かめてくる」

 見た目も気配も、怪我は見当たらなかった。見えない場所に痣でも作られてたら、わからない。

「確かめるって、どうやって」

「そりゃ、服……を……」

 自分で言ってて、冷静になった。いくらなんでもアウトだ。

「後でラクにお願いする」

「そうしろ」

 ハインは額に脂汗を浮かべていた。これは、駄目だ。

「ハイン、話を聞いておいてくれる? ちょっと、頭冷やしてくる」

「わかった。……頼むぞ」

 最後の台詞は、ヴェイグに向けられていた。




 フードを目深に被って、急いで町を出る。人の気配のない場所で、異界に入った。

「……だああぁぁぁ……」

 全身を地面に投げ出した。異界には土もないから、転がっても汚れない。

“よく抑えたな”

「抑えられるのが普通でしょ。ああー、もう」

 心がざわつく。ゴロゴロと転がって、衝動を抑え込む。

 異界か自空間で存分に吐き出せばいい、というヴェイグの提案は早々に却下してある。

 なにもない空間でそれをやっても、収まる気がしない。


 ハインとデュイネには悪いことをした。

 苛立ちを撒き散らしてしまった。

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