18 頼りがい

 ヴェイグはポーチから紙とペンを取り出し、簡単な魔法陣をさらさらと書いた。書ききる前に何箇所か消したり斜線を入れている。


「これが何か分かるか」

 紙をリグロの方へ向けて、それを見せる。

「呪術の、魔物を呼び出す魔法陣だ。なんだ、お前も使ってるんじゃないか」

「これは只の絵だ。何の効力もない、落書きに過ぎない。俺は呪術など使わぬ」

「え……」

「つまり貴様は、ろくに理解せずに呪術を行使したわけだな」

 ヴェイグが書き上げた魔法陣には、意味ある文字や模様が描かれていなかった。

 リグロにかまをかけるために、フェイクの魔法陣を作ったんだ。


「では、呪術の危険性についての説明も受けておらぬだろう」

「き、危険性?」

「呪術の使用者は例外なく皆、心を蝕まれる」

「心?」

「心を蝕まれ続け、壊れれば、魔物と化す」

「!?」

 ヴェイグは淡々と話している。そのせいか、迫力と説得力があった。

 それでもなお、悪い意味で諦めがよくないのがリグロだ。

「人が魔物に、なるわけないだろ!」

「なるぞ。そんな事も知らずに冒険者をやっているのか」

 ハインが横から、殆ど怒鳴るように言い放った。

 僕は先日カリンに出題されるまで知らなかった、というか考えもしなかったのだけど、冒険者の間では常識なのかな。

「人が魔物と化すと、恐ろしい強さになる。元の人間が強ければ尚の事だ」

「う、嘘だ。信じない……」

 本当に、往生際が悪い。

「朱雀が出た時は、どうしていたんだ」

 朱雀は、コワディスという剣士が呪術を使ったことで変貌した姿だった。朱雀による被害は、冒険者十二名のほかに、町の人にも犠牲者が出ている。

「あ、あの時は……逃げた。まだ、指導者リーダーだったし……」

「……はぁ」

 エリオスもハインも、そしてヴェイグも僕も、もうため息しか出ない。

 ヴェイグがいち早く気を取り直した。


「貴様が逃げ出すほど恐ろしい存在だった朱雀は、元は人間だ。呪術を数回行使した結果だ」

「そんっ……数回!?」

「正確な回数は、本人の口から聞けずじまいだった。判明しているのは2回だ」

「たった2回で!?」

“ヴェイグ”

 リグロの気配が怪しくなってきた。呪術を使った実感が湧いたせいで、自ずから心が蝕まれ始めたようだ。

 いくらリグロでも、人を魔物にするわけにはいかない。

 ヴェイグも気づいて、交代した。

“言い聞かせて認めさせすぎても、こうなるのか。難儀な”

「本当に面倒だね」

 僕とヴェイグだけでこっそり会話する。


「魔物になられても困るから、今から[解呪]するよ」

 言いながら、地面に座り込んでいるリグロの頭に手をかざし、すぐに[解呪]した。

 リグロはしばらく呆然とし、それからばっと顔を上げた。その顔は、憑き物が取れたように見える。

 既に蝕まれていて、それで思考がぐちゃぐちゃだったのか。


 それからリグロが急に反省を口にし始めた。勿論、呪術に手を出したり朱雀から逃げ出した事実は覆らない。それも含めて、自ら罪を償うと言い出した。

 リグロの沙汰と尋問はギルドに任せた。ハインの話では、ギルドカードの剥奪だけでは済まなさそうだ。


「結局アルハに頼ってしまったな」

「エリオスが負かしてくれたからだよ」

「それもアルハが剣を教えてくれたお陰だ」

 2人からさんざんお礼と感謝を言われた。本当に、僕だけじゃどうにもならなかったのに。




「それで、これからどうするんだ?」

 ギルドハウスを出て、外のお店で食事中にハインに訊かれた。

「この辺りを解呪して、リグロの行動範囲が分かったらそこにも行く。そのあと上に帰るよ」

 上とは、マデュアハンのことだ。2人には既に話しておいてある。

 話した時、ハインは「行ってみたい!」と大興奮し、エリオスは目をさまよわせて沈黙していた。後にリースから「エリオスは高いところが苦手」と聞いた。


「しかしなぁ、上は通信石が通じない。今回はたまたまアルハが下に居たから良いものの、居なかったらどうなっていたか」

 リグロから呪術の話が飛び出ると思わなかったから、本当に冷や汗ものではあった。

「きっとなんとかなってたよ」

 解呪が遅れて魔物が強くなっても、ハインやエリオスがいる。今ここに居ないけど、ラクも協力してくれる。

「確かに、万全ではないが対処はしていたと思う。だがな……」

 ハインはモゴモゴ言いながら、とっくにカラになっているコップから何かを飲む素振りをする。

「アルハ。ハインはアルハが居ない間、ずっと身を案じていた」

 エリオスが苦笑しながら教えてくれた。

「へえ?」

「ばっ、ばかっ」


 顔を真赤にしてエリオスに掴みかかろうとしたハインは、避けられて椅子から転げ落ちた。

「僕のことなら心配しなくてもいいのに。ヴェイグもいるし」

 いろんな力を手に入れて、僕はもうほぼ無敵状態だ。病気になっても、ヴェイグが診てくれる。

「そういう、ところだ。全て1人で片付けようとする」

 何かを諦めたハインが一緒に倒れた椅子を起こして改めて座り直す。

「自分の問題は自分で解決したい」

「それは勿論だ。アルハにしか出来ないこともある。だが、それ以外ではもっと頼れ。頼られないのも寂しいのだぞ」

 同じことをヴェイグにも言われたなぁ。

 確かに、自分でできることは全て自分でやってしまうところがある。これは短所なんだろうか。

 気持ちは有り難い。でも、具体的にどうすればいいかわからない。

 僕が悩み始めてしまうと、ハインが妙なことを言ってきた。


「頼れと言っておいて何だが、まずはラクに転移魔法を教えてやってくれないか」




 ラクはジュノ城の一室で、本に囲まれていた。

 僕の気配にも気付かないくらい、真剣に読んでいる。

「ラク」

 声をかけると、ビクッと肩を震わせてから、僕を見た。

「アルハではないか。どうした」

「ハインに言われて来たんだ」

 事情を説明すると、ラクは「なるほど」と頷いた。

「確かに、あれば便利じゃな」

 異界を通れると言っても、ラクは僕ほど自由に扉を出せないらしい。

「転移魔法も万能ではないのだが」

 教えるのはヴェイグだから、ヴェイグと交代した。早速その場で授業が始まる。

 転移魔法は僕も何度かトライしたけど、できませんでした。魔法難しい。


 理論の講義のあとは実技だ。ラクは一発で印を付けると、転移にも成功した。

“早っ!”

「ヴェイグの教えが分かりやすいでな。他に注意点はないか?」

「ラクの技量ならば、印は五十は付けられるだろう。許容範囲を越えた印は古いものから消える。印をつけた順序は自分で覚えておかねば、何が消えるか把握できなくなる」

「承知じゃ」


 ラクはまだ読むべき本があるとかで、そのままジュノ城で別れた。

 再びギルドハウスでハインと会い、ラクに転移魔法を教えさせた理由を尋ねた。

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