17 指導

 ヴェイグに言われたとおりに、2人の動きをよく見て気づいたことを話すことにした。

 ハインは身体の使い方が気になった。もっと効率よく力を伝えるために、骨や筋肉、関節の可動部分を解説した。

 僕に人体の知識はないから「ここの筋肉が」とか「関節はこう動くから」と指差したり身振り手振りで示す程度だけど。

 エリオスの方は素早さや狙いの精度を上げたほうが良い、と伝えた。

 ちなみにエリオスは、冒険者ランクこそ上級者ベテランだけど、体力や剣の腕は英雄ヒーロー相当だ。

 今ここにいるのは、その実力を買ったハインが、一緒にリグロを押さえて欲しいと頼んだためだ。


 2人に伝えるだけ伝えると、しばらくじっと見つめられた。

「的外れなこと言っちゃったかな」

 元々、専門知識や人に物を教えるための技量はない。

 自信がないので小さくなりかかっていると、今度は首を横に振られた。

「やはりアルハに教えを請うてよかった」

「ああ、ためになる」

 そして、僕では強すぎるから、しばらく二人で手合わせすると言い出した。その様子を見て、また気になることがあったら教えてくれ、だそうだ。


 修練場の端の壁に寄りかかり、2人が打ち合うのを眺める。

 ハインはすぐに動きを修正していた。エリオスの素早さや精度は別に訓練が必要なことだけど、自分の弱点を把握したせいか、動きが良くなっている。


 2時間ぐらい、ハインとエリオスは打ち合ってはお互いに修正点や問題点を指摘し、僕も聞かれて答えたりしていた。

 何度目かの打ち合いで、ハインの一撃がエリオスの剣を落とした。しかし、ハインも衝撃で剣を取り落してしまった。

 どちらも握力がなくなりかけている。2人ともその場にべたりと、崩れるように座り込んだ。

「お疲れ様」

 最後に打ち合う前に、少し抜け出して買っておいた冷えた果実水を差し出すと、2人はすぐに受け取りほぼ同時に一気に飲み干した。

「ありがとう、アルハ」

 僕も果実水を飲んでいると、ハインからお礼を言われた。

「どういたしまして。美味しいね、これ」

 マスカットに似た風味が爽やかだ。

「これも美味かったが、剣のことだ。今ならもう少しやれそうな気がする」

 そう言って落とした木剣を拾いながら立ち上がり、僕に向かって構えた。

「体力あるなぁ。でも、休んだほうがいいよ」

「そうだな。ではまた明日頼む」

「うん……え?」

 エリオスが譲歩してくれたので、思わず頷いてしまった。

「いや、駄目だよ。ここで丸一日過ごしちゃったし」

 僕は存在自体が呪術だから、居るだけで呪術を撒いてしまう。

 ハインとエリオスはお互いを見て、やれやれ、と肩をすくめた。


「アルハ、もし俺やエリオスが呪術を撒く存在だとしたら、お前はどうする?」

 ハインにそう尋ねられてしまった。

 考えたことがあるから、答えはすらすらと出てくる。

「気にしないし、なにか起きても僕が対処する。でも、それとこれとは話が違う」

 僕は不幸にも行動範囲が広い。十日もあれば、世界を一周できてしまう。僕が撒く呪術の範囲は桁が違う。

 呪術によって強化される魔物の強さも。

「同じ話だ。アルハは呪術によって現れた魔物が己より強かろうと、立ち向かうだろう?」

「うん」

「俺もハインも……いや、皆同じだ。相手がたとえアルハだろうが、立ち向かう。呪術くらい、どうとでもなる」

「でも」

「同じことをテファニアの人たちも言っていたぞ。何ならこちらに移住したらどうか、と。家は建てたそうだ」

「建てた!?」

 何故か真新しい一軒家の前でセイムさんと統括のボーダが申し訳ないって顔して僕を見てる光景が浮かんだ。

「そもそも、ひと月居座らなければ影響はでないのだろう。まだ1日も経っていない。ゆっくりしていけ」

 ハインとエリオスの申し出は心から有り難い。ヴェイグも、無言で2人を肯定している。

 あと2日ぐらいなら、ここにいても許されるだろうか。




 ヴェイグはリグロに、かなり強めの睡眠魔法をかけてくれていた。

 ギルドの宿泊施設に放り込んでおいたリグロは翌日の昼、僕らがまた修練場でわいわいやっているところに乗り込んできた。

伝説レジェンドぉお! よくも睡眠魔法なんて卑怯な真似を……!」

 割と強めに[威圧]して速攻で黙らせた。

 背景を知った以上、リグロに手加減するつもりはない。

「卑怯って。ハインを不意打ちするのはいいのか」

「ぐ……強い相手に勝つのに、手段を選んでられるか……」

 [威圧]に抵抗しながら言い訳してきた。本当にこの手にやつは、主張が滅茶苦茶だ。

「ま、いいや。とりあえず殴る。そっちはどんな手段つかってもいいよ」

 [威圧]を解き、両手をバキバキ鳴らしながら、ゆっくりリグロに近づいていく。

「アルハ、ほどほどにな」

「手加減間違えるなよ」

 ハインとエリオスの声援を背に、僕対リグロの一戦が始まった。


 1秒保たずに決着した。


「本当に英雄ヒーローなの? このひと」

 弱すぎる。僕はちゃんと手加減した。

「リグロ選手、かなりあっさり破れてしまいましたね」

「まずアルハ選手は手加減すると言っても竜のような強さですからね。一方リグロ選手はランクアップのための魔物討伐に、他の冒険者の手を借りた上で止めだけもっていくという卑劣な手段を使っていた冒険者の風上にも置けない人間です。実力は英雄ヒーローランクの中でも底辺と言えます」

 ハインとエリオスは何のノリをはじめたんだ。この世界に実況中継や動画配信という文化はないのに。


 一発軽く殴っただけで気絶したリグロを修練場の隅へ転がし、ヴェイグに治癒魔法を使ってもらって起こした。

「……はっ!? れ、伝説レジェンド!」

 そういえば、僕では抑止力にならないんだっけ。

「リグロ、いい加減に理解しろ。どう転んでもアルハには勝てない」

 ハインがリグロを諭しはじめた。

 このあと、もう一度リグロに殴りかかられ、拳を掴んで止めてる間にハインがまた言って聞かせた。

 さらにリグロとエリオスが手合わせして、エリオスが無事に圧勝した。

 それでようやく、リグロは僕たちに敵わないと認めた。


 但し、呪術を使ったことへの罪悪感は無いようだ。

「作り出した魔物は全て討伐した。何が悪いんだ」

 こう言って開き直る。


 たまりかねたヴェイグが“口を出す”と、交代してきた。

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