16 過ぎたるは猶及ばざるが如し
割れた剣の前に膝をつくリグロを、人垣に紛れていた数人の冒険者たちがギルドハウスへ連れて行った。
僕とハインも促されてギルドハウスへ入る。
出迎えてくれたのは、統括とエリオスだ。
「お久しぶりです」
ジュリアーノの統括は、僕を
統括は冒険者を引退した人が就くことが多い、その中でも、一番高齢だと思う。
「私を覚えていましたか」
「勿論ですよ」
僕はヴェイグほど頭は良くないし、人の顔と名前を覚えるのも得意な方じゃない。
でもお世話になった人は覚えている。
「アルハ殿は
いろんなギルドの統括を見てきたけど、これほど温和な方を知らない。
田舎のおじいちゃんとか居たら、こんな感じだろうか。
エリオスとも挨拶を交わしていると、ギルドの奥から誰かが暴れているような音がしてきた。
誰かっていうか、リグロだろう。
「もっかい負かしてくる」
せっかくおじいちゃんとほのぼの談笑していたというのに。
僕が奥へ向かおうとすると、ハインに止められた。
「呼んでおいて悪いが、アルハでは逆に手に負えない」
「どういうこと?」
ハインがやられるほどの相手だ。圧倒できるのは僕かヴェイグか、ラクぐらいだろう。
ラクは近くに居ない。
「そうだな。例えば今、俺がこの場で宙に浮いたら、アルハはどう思う?」
「浮いてるなぁ、って」
ハインは当てが外れたような顔になってしまった。
“アルハ、普通の人間は宙に浮いたりしない”
「いや、それは分かってるんだけど」
“その基準で考えてみろ”
ヴェイグに言われて、もう一度考え直す。
飛べないハインが、宙に浮いたら……。
「夢か幻か、見間違いかなって思う。……そういうことか」
僕はリグロの刃を素手で押しのけたり、ハインを担いだ状態で攻撃を避けたり、振り下ろされた剣を指で摘んだり、炎にまかれて平然としてた。
思い返して世の中の常識に当てはめると、夢か幻か見間違いと願いたいことばかりだ。
「どのあたりまでが常識のラインなの?」
「そういうことを聞いてくる時点でもう非常識なんだがな」
奥の喧騒が、ついに僕らがいる部屋までやってきた。
「
先程までの光景を夢か幻か見間違いだと思い込んだリグロが、僕を見つけるなり剣を振りかざした。予備の武器らしく、僕が2枚にしたのより短めだ。
「だから、人前で剣を振り回さないの」
思わず刃を素手で受け止めてから、ハインの視線を感じて白刃取りに持ち替えた。
「手遅れだ、アルハ」
ハインが頭を抱えた。
手遅れなら、と開き直って剣を奪い取り、ヴェイグに頼んで睡眠魔法を使ってもらった。
眠ったリグロを部屋の隅に置いといて、改めてハインから話を聞いた。
リグロはハインより先に
それが、ハインに先を越され、そのあとぽっと出の僕が
そもそもリグロはランクを笠に着て好き放題やっていた冒険者だ。
自分より上の二人が、ギルドに無理難題をふっかけたり他の冒険者を強引にクエストへ連れ回したり、その他越権行為をしないどころか品行方正なものだから、やりにくくなった。
慌てて適当な難易度Sの魔物を倒し続け、ひと月前に強引に
「適当な難易度Sって、そうそういないのでは」
「そこなんだよ、アルハ」
ハインが、ぐっと身体をテーブルに乗り出した。
「どうもリグロの奴、呪術に手を出し、自分で難易度Sを作り出していたらしい」
「やっぱりシメる」
僕がゆらりと立ち上がると、エリオスが慌てて僕の肩を押さえた。
「止めないでくれ」
僕がどういう思いで呪術を消して回ってると思ってるんだ。
「気持ちはわかるが、一旦落ち着け」
“アルハ、まずは話を聞くべきだ”
二人がかりで止められたので、僕もしぶしぶ椅子に座り直した。
「じゃあ僕を呼んだのは、呪術がらみ?」
「それもある。本当はリグロを止めて欲しかったんだが、その、何だ。過剰戦力だった」
僕が誰かを止めようとすると、僕の行動を見なかったことにして攻撃や反撃してくる人が多い理由が分かった。
やりすぎてたんだ。
メデュハンの竜退治の時も、竜を本当に退治したらしたで『信じられるか!』だったもんなぁ。
他にも思い当たる節がいくつもある。
「ものすごく手加減すればいいのかな」
さっきは手遅れと言われたけど、リグロは寝て起きたら僕の行動を夢だと思いこんでくれるかもしれない。
「いや、アルハが手加減すれば、リグロはより一層最初にやられたことを『何かの間違い』を思い込むだろう。それでは抑止力にならん」
本当に手遅れだった。
「なんか、ごめん」
「アルハが謝ることじゃない。それで、提案なんだが」
三十分後、僕とハイン、エリオスは、ギルドの修練場にいた。
修練場は中庭の小さな運動場みたいな場所で、二十人がラジオ体操しても余るくらいのスペースがある。
隅の方には大きな人型の人形や、弓道で使う的のようなものも設置されている。
そこで僕は木剣を握って突っ立っている。
ハインとエリオスは既に肩で息をしていた。
「さすがに、自尊心が傷つくな」
「全くだ。思った以上に差がある」
二人は僕に『剣を教えてくれ』と言い出した。
教えるのは苦手だと言うと、
「テファニアの冒険者ギルドと話をした。あちらの冒険者は皆、アルハを先生と呼び慕っているそうじゃないか」
と返された。
「テファニアの皆元気かな」
「話を逸らすなよ」
「僕が教えたのは冒険者についてであって剣術じゃないよ」
「それでも、アルハが教える側として優秀である証明だろう」
「僕じゃなくて元討伐隊の皆さんが優秀だったんだよ」
どう断っても、2人にしつこく食い下がられた。
それに、僕がリグロに対応できないのなら2人が止める役になる。
ハインとリグロの実力は拮抗しているが、今回のように不意打ちを食らうとひとたまりもない。
だから、2人がもう少し強くないと止められない。
呪術を止めるためだし、お世話になってる2人に頭を下げ続けさせるのも申し訳ないので了承した。
それで、先程から2人には好きなように打ちかかってもらっている。
「ここからどうしたらいいんだろう」
ヴェイグにだけ聞こえる声で、相談する。本当にわからない。
“2人の動きに気になる点はないのか”
「うーん……って、ヴェイグがやってよ」
“俺などよりアルハの方が、相手の動きを確実に見極められる。教えるなら、そのほうがいい”
動きを見極める、かぁ。
更に何度か打ち合った後、まずハインに声をかけた。
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