15 色の二つ名持ちは五人いる

◆◆◆




 マデュアハンでの生活はひと月を越えた。

 ここに居る限り、呪術がなにかに影響を及ぼすことはなかった。


 やはり大陸は生き物だった。青龍の気配に気を取られていたのと、気配の範囲が広すぎて認識できていなかった。

 人間や動物、魔物ともまた違う次元の存在らしく、呼吸とか食事とか、そういったものは必要ないらしい。

 植物に近いかもしれない。

 そのつもりはないけど、僕が壊そうとしても壊せない気がする。

 何より傷つけたくないので、ここで魔法やスキルを荒々しく使うような真似はしていない。

 このひと月、青龍を倒した後は特に、心がけて静かに過ごした。


 引きこもりでも、やることはたくさんある。

 スキルの鍛錬は、[気配察知]の他に[隠蔽]、[潜伏]、[精密制御]が完了した。全て同じ名前で能力に移行してある。

 他のスキルは、普通の人はどう頑張っても習得できないものばかりなので、そのままだ。


 今やっているのは、僕がスキルで創った武器を、ヴェイグが操作する練習だ。

 [武器生成]は魔法よりも、僕がスキルで創ったもののほうが強い。性能も無制限に付けられる。

 能力へ移行できるスキルが尽きた頃に、ヴェイグから“試してもいいか”と提案された。


 はじめは小さなナイフがぴくりとも動かなかったのが、今は十本くらいの剣を浮かせ続けられている。

「増やしてくれ」

 いつもとは反対に、全身をヴェイグが使い、僕が左腕だけ貰ってスキルを発動させる。

 剣をもう十本創り出して、ヴェイグが主導権を取るのを待った。

「留めおくことは増えてもやれそうだが、自在に動かすとなると難しいな」

 そう言いながら、二十本の剣を上下左右にまとめて動かす。まだ、それぞれをバラバラには動かせない。

 これに関しても、僕は「なんとなく」状態なので、ヴェイグに上手く教えられない。申し訳ない。


 しばらくそうしていて、ふいにヴェイグが剣を全て消した。

「疲れた。アルハはよく、何万本も自在に操れるな」

“慣れだよ。交代しようか”

 ヴェイグが自主的に中へ引っ込み、僕が身体を受け取った。



 ひと月前に持ち込んだ食料は殆ど消費していた。

 先日受け取ったライドからの贈り物は、カロリー過多すぎてヴェイグに“1日1食まで”と制限されている。

 この大陸で取れる食物は、わずかな果物と薬草の類のみだ。菜食だけでは物足りない。

 買い出しと狩りのため、久しぶりに下の大陸へ降り立った。



 適当な町で買い物をしていたら、通信石が着信を伝えてきた。

 相手はハインだ。


「よかった、繋がった」

 久しぶりのハインの声は、少し弱っていた。

「何があったの?」

「すまないが、ジュリアーノへ来れないか?」

「わかった」

 手にしていた品物を会計して、町の外へ走り、異界の扉に飛び込んだ。


「ハイン!」

 ジュリアーノのギルドハウス前で、ハインが傷だらけで倒れていた。

 助け起こし、ヴェイグに治癒魔法を使ってもらおうとしたら、横から剣が割り込んできた。

「何?」

 剣の持ち主を見上げる。ハインに負けず劣らず色味の鮮やかな、赤紫色の髪の冒険者だ。背もハインと同じくらいで、女性受けしそうな顔立ちまで雰囲気が似ている。

「あんたがアルハか? 強そうに見えないな」

 僕にそういう台詞を言う人は、大抵弱っちいやつだ。

 剣の刃を素手で押し返し、改めてヴェイグに治癒魔法を使ってもらう。

「すまん、アルハ。面倒に巻き込む」

「今更。立てる?」

 傷の治ったハインは、その場にゆっくり立ち上がった。

「で、僕はあの人を倒せばいい?」

「おお、調子に乗ってるってのは本当らしいな」

 赤紫色の人が嘲笑している。

 人目が多いから、睨んだり[威圧]するのはやめておいた。

 僕が黙って赤紫色の人を見つめると、剣を突きつけてきた。

伝説レジェンドなんて大したこと無いって、ここで証明してやるよ」

 そう言って振り下ろされた剣は誰にも当たらず、地を抉った。

 僕はハインを肩に担いで、ギルドハウスの入口前に移動していた。

「何あの人」

 街中の人前で人に向かって剣を振るなんて、どうかしている。

「赤の英雄ヒーロー、リグロだ」

 赤、赤かぁ。

「ねえ、もしかして緑や白も、いたりする?」

「いるぞ。この数ヶ月で、リグロも含めて3人が英雄ヒーローにランクアップしている」

 僕の脳裏に、ヒーロー戦隊ボウケンシャーという名称が浮かび上がり必死に消した。

“アルハ?”

 最近僕の心を読むことに定評のあるヴェイグが何かに感づいたけど黙っておく。


「よく避けたな。だが、これはどうだ?」

 リグロは剣の先に炎を灯した。魔法と剣術を組み合わせている人は珍しい。

 振り下ろされる剣も、先程とは段違いに速い。

 一歩だけ近づいて、燃える切っ先を左手でつまんで止めた。

「はじめまして。街中でこういうことはよくないですよ」

「なっ!?」

 刃を素手で押し返したり、初撃を余裕で避けたのは見えてなかったのだろうか。

 僕の動きに、リグロは初めて驚いた。

 剣を引きたいらしく力が伝わってくるけど、一ミリも動かさない。

「……そのまま燃えてしまえ!」

 切っ先の炎が大きくなり、僕は炎に飲まれた。

「ははは! やっぱり大したこと……!?」

「熱いなぁ」

 右手で辺りを振り払うと、炎は簡単に消えた。僕には煤一つ付いていない。

 呆然とするリグロの手から力がぬけていたので、つまんだままの剣をそのまま奪い取った。

「あっ」

 ハインの怪我は、剣でついたものだった。かといって僕が剣を振るったら、リグロを真っ二つにしてしまう。

「話も聞きたいし、一発だけにしておこうか」

 拳を作っていたら、ヴェイグに止められた。

“それでも死ぬと思うぞ”

「でもリグロも一応、英雄ヒーローだよ」

“ハインを同じ力で殴ったらどうなる”

「うーん」

 駄目かぁ。

 もたもたしていたら、リグロが剣を取り返そうと突っ込んできた。

 避けて背後に回り込み、首根っこを押さえる。

「離せっ!」

 どうやったら負けを認めてくれるかな。

 手にした剣をよくよく眺める。質は良いけど、お店で売ってる最高ランク程度のものだ。

 これなら請求されても弁償できる。


 剣を軽くぽいと放り投げる。

 リグロが剣に向かって手を伸ばす。

 リグロの手が剣に触れる寸前、左手で剣に軽く撫でるような仕草をする。


 それで、剣を2枚に割った。

 2つに折ったのではなく、剣が元から2枚の板が合わさってできていたかのように、その板を割いた。


 半分の薄さになった剣が地面にカランカランと落ちて、数秒の間の後。

「……はあ?」

 リグロが間抜けな声を上げた。

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