14 隠形の術

▼▼▼




 ラクが異界で倒れ、アルハに助けられた直後に遡る。



「お主らは何をしておる?」

 ラクが異界の扉から出ると、ハインとイーシオンは飲み物を片手に、焚き火を囲んで談笑していた。

 傍らには食事の跡と、寝袋の準備がある。

 焚き火の側では、串に刺さったマシュマロがいくつも焼かれていた。

 魔物討伐中の冒険者の野営と言うよりは、ゆるいキャンプといった様相である。

「ラク! 具合はどうだ?」

 ハインがラクに気づき、すぐに近寄ってくる。触れそうなほどの至近距離で、ラクの身体を検めた。

「思ったより早う慣れた。もう心配いらぬ」

 アルハと会ったことは、黙っておくことにした。ハインもそうだが、イーシオンが聞けば「連れて行け」と言うに決まっている。

 アルハの方の準備が整うまで、無闇に引き合わせないほうが良い。


「ハインがここで待つっていうからさ、野営の仕方を教えてもらってたんだ」

 イーシオンが屈託なくさらりと言ってしまう。

「あっ、ちょっ」

 慌てても、もう遅かった。

「ハイン……」

 ラクには扉を出せる条件がいくつかあり、アルハのように自由自在にどこでも出せるわけではない。

「お主には前にも言ったが、時間が経つほど、同じ場所に扉を出せるとは限らぬのじゃぞ」

「わかっている。でも、待ちたかったのだ」

 ハインは顔を真赤にして俯いた。

「ラクの、少しでも近くで」


 二人の世界に入ってしまった背後では、イーシオンが懸命に空気を読み、必死で気配を消していた。

 この場にアルハがいても、イーシオンの存在に気づけないだろう。




 城へ向かう道中、イーシオンはハインとラクに何度も謝られた。

「いいって、気にしてないから」

 イーシオンは本当に気にしていなかった。

 育った環境から人の心の機微に疎いイーシオンは、二人が妙な雰囲気になったことは理解していたが、そこに存在する恋慕というものは分かっていない。気配を消したのは、他人に配慮することを覚えたイーシオンの気配りである。

 しかし二人の懸念はそこではない。

「どうか、他の者達には言わずにいてくれ」

 誇り高き竜が、未だ少年と呼べるほどの年齢の人間に、頭を下げっぱなしである。

「ハインとラクがお互い見つめ合ってたことを、誰かに言わない方がいいの?」

「そうだ! 誰かに、この場から立ち去るのが遅れた理由を聞かれても、魔物が出たから、とでも答えておいてくれ」

 英雄の方も形無しである。

 ハインはこの数日イーシオンと行動を共にし、目の前の王族が少々天然気味であることを把握していた。故に、言葉を多く懇切丁寧に解説を試みているのだ。

「分かったってば」

 実際のところ、理解には程遠かったが、二人の勢いに押されて頷いた。

 理解していない証拠に、イーシオンはこの時、

「今度アルハに会ったら聞いてみよう」

 と考えている。



 城についた一行は、早速剣の間へ向かった。

「これが、文字か」

 壁一面に書かれた古代字は、ディセルブの古語とも異なっていた。

 ディセルブの古語も装飾過多の、一見するとグラフィックアートにしか見えない代物であるが、壁の文字も一見すると装飾にしか見えない形をしていた。

「随分と古いのう。よく人の城に残そうとしたものじゃ」

 早速ラクが解読を開始し、その結果をアルハに伝えた。




「僕もアルハに会いたい」

「私もよ」

「俺だって」

 アルハに会えたというラクは、イーシオン、オーカ、ハインから嫉妬の視線を浴びせられた。

「堪えておるのはアルハも同じじゃ。あまりわがままを言うでない」

「それで、ここへ来た理由は?」

 3人と、セネルがいるのは、ジュノ城の一室である。

 アルハと会った後、ラクがオーカとも話をしたいと申し出た。


 そして、アルハが知った黒竜と人の戦いの顛末とその後も、オーカに語って聞かせた。


「場違いな衣装を着た人たちって……」

「王族じゃろうな。どこの国かは解らぬが」

 アルハには、その衣装について細かい話を聞いたが、アルハもぼんやりとしか覚えておらず、答えられなかった。

「ディセルブの祖先をあの地に追いやったのは、何かの罪を犯したためと伝え聞いていたけど、誤解だったかもしれない」

 オーカが考えながら口を開く。

「姫」

 ディセルブの祖先の話は、タブーだ。セネルが咎めるようにオーカを呼ぶが、形式的な意味合いでしかなかった。

「だって、変よ。罪人がどうして黒竜や青龍の剣を持ってるの? 真っ先に取り上げられる代物じゃない」

 実際のところ、普通の人間が持てるものではない。まず青龍の短剣は重さが問題になる。黒竜の方は、相応しい人間以外が振るっても、なまくら以下の切れ味しか発揮しない。

 とはいえ、竜の剣である。存在だけで、国が持つ価値はある。


「イーシオン……いえ、ディセルブと竜には、悪いことを……」

「オーカのせいじゃないでしょ」

「黒竜は破壊衝動の強い竜だったでな。暴れまわり迷惑をかけたのはこちらじゃ」

 オーカが謝ろうとすると、イーシオンとラクに止められた。

 顔を伏せていたオーカは、ぱっと顔を上げた。

「そうね、ここでぐだぐだとしている場合ではないわ。母に会ってくる」

 オーカの母はジュノ国王だ。

「国王に?」

 セネルが怪訝な顔になる。

「ええ。うちの宝物庫を見る許可を取り付けてくるわ。それから、禁書庫の本をラクに見てもらいたい」

「承知した」

 悩む時間は無駄だと、アルハが言っていた。アルハ自身の信条であり、他人に押し付けてはいなかったが、オーカはいたく共感していた。

「ラク、本を見る前に僕をディセルブへ送ってもらっていいかな」

「帰るのか?」

 宝物庫や禁書庫が開くというのに、イーシオンがいつもの好奇心を発揮しなかった。

「ジュノ国のことはオーカに任せる。僕は、ディセルブと周辺で情報を集めてくるよ」

 イーシオンは、こういう時にアルハならどうするか、を考えていた。

 ラクがいればこの場は手が足りると判断し、自分は自分にできることを探す。

「そういうことなら俺は、他の英雄ヒーロー達と連絡を取るか。癖のある奴らだが、何か情報を持っているかもしれん」


 全員がそれぞれ、持ち場へ向かった。




 最初にアルハへ直接ヘルプを出したのは、ハインであった。

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