19 大掃除

「アルハには今、できないことがあるだろう?」

 ハインにそう言われて、パッと思いついたのはメルノ達のことだ。


 トイサーチはかなり治安が良くなった。冒険者ギルドが頑張っているし、メルノ達のことは統括が自ら気にかけてくれている。

 それでも不安なのは、僕が不本意にも有名になり過ぎたせいだ。

 一緒にクエストへ行っていて、別の冒険者にちょっかいをかけられることが何度もあった。

 メルノ達は何も言わないけど、僕が居ないところで嫌がらせまで受けている。偶然現場を見かけたレイセさんが相手を咎めた後で、

「心配をかけたくないので、アルハさんに言わないでください」

 とメルノ本人から口止めされたそうだ。

 そのことも含めてしっかり報告を貰ったし、相手にはギルドからお灸を据えてもらった。

 というか、メルノ達に手を出して、どうするつもりなんだろう。

 僕に用事があるなら僕に言えばいいのに。


「彼女らの側に住むことにしたんだ」

 ハインは僕の思考が一旦止んだのを見計らって、そう告げてきた。

 彼女ら、というのはメルノ達のことだ。

 そうか、住むのかぁ。……ん?

「住む? トイサーチに? 誰が? いつ?」

 疑問形が渋滞を起こし始めたぞ。

「空き家があったから買い上げた。トイサーチの、街外れだ。ラクが、近いうちにな」

 ハインが一つ一つ丁寧に答えてくれた。

「どうして?」

 疑問形、追加入ります。

「アルハは今、トイサーチに近づかないようにしているのだろう? だが彼女らのことは心配だ。ならば、ラクが側に住み守ってやれれば安心ではないか」

「全部肯定するけど、どうしてそこまで」

 ラクが、と強調したってことは、ハインは一緒に住まないのかな。せっかく仲良くしてるのに。

「俺もラクも……いや、アルハに恩を返したがっている奴はたくさんいるぞ。アルハが何も望んでくれないから、こうして役に立てそうなことをやっている」

 また恩倍返しシステムか。

「まあ、聞け。別に倍返ししているわけじゃない。アルハが受け取るべき妥当な報酬だ。このくらいさせてくれ」

 ハインが僕の心を読むのはもう諦めた。全部読むわけじゃないし、都合のいいところだけ拾ってくれるから逆に助かる。

「ハインはいいの?」

「そのために転移魔法を教えてもらったのではないか。ラクもずっとトイサーチに居るわけではない」

 ラクは今日もジュノ城にいる。オーカに解読を頼まれたもの以外にも、人間の書く本に興味が湧いて、あれこれ読みふけっているらしい。

「もう2人には言ってあるの?」

「これからだ。アルハ、俺にも2人を紹介してくれ」




 ヴェイグが「複数人の転移に挑戦したい」と言い出し、ラクとハインが了承してくれた。

 失敗して暴発すると全く別の場所へ飛ばされる危険もあるのに、どちらも意に介さなかった。

 ハインは、

「助けに来てくれるだろう?」

 と当然のように言い、ヴェイグは苦笑いを浮かべながら「アルハがな」と答えた。


 3人での転移は無事成功した。

「安定感が違うのう」

 ラクとハインが同時にため息をついた。ラクは感嘆の、ハインは多少緊張していたようで、安堵のほうだ。

“魔力は平気?”

「問題ない。もう数人増やしてもいけそうだ」

 僕もヴェイグなら、十人以上でも大丈夫だと思う。


 トイサーチは、青龍に脅された直後以来だ。

「べーにい! おかえり!」

 家の扉が勢いよく開いて、マリノがヴェイグに飛びつく。いつものセレモニーだ。

「戻った。メルノも居るか?」

「いるよ! 今日はお休み!」

 マリノはひとしきりヴェイグを堪能した後、ハインとラクに目を向けた。

「ラクちゃん、ひさしぶり! こっちの人はだあれ?」

「久しいの、マリノ。こちらはハインじゃ」

 マリノはハインをじっと見上げると、手を差し出した。

「マリノです、よろしく!」

 ハインは少し驚いた後、笑顔でその手を握り返した。



「お家はどちらに?」

「ここからそう離れておらぬ。後で案内しよう」

 メルノも、ラクに喜びハインに驚き、自己紹介を済ませた。

 いつもの薬草茶を皆に振る舞いながら、ラクに家の場所を詳しく訊いている。

「あのお家ですか。2年以上空き家だったはずです。お掃除は、もうお済みですか?」

「まだじゃ。そうか、掃除がいるのか」

 ラクが渋い顔をする。人の世に詳しくても、ラクが家事をする姿は想像できない。本人も、得意じゃなさそうだ。

「でしたら、お手伝いしてもいいですか?」

 メルノは家事全般をそつなくこなす。中でも掃除は好きな方だ。既にやる気に満ちている。

「助かるが……いいのか?」

 何故か僕に確認を取られた。

「僕も手伝うよ」

「わたしも!」

 マリノが威勢よく手を挙げる。

「道具足りるか? どうせ新しい家に必要だから買い足してこよう」

 ハインもやる気だ。

 皆で掃除するための装備になり、道具を手に、ぞろぞろと移動する。

 すれ違う人が、箒やバケツを持ったラクやハインを見て目を丸くし、似たような格好の僕を見て「ええ!?」と声まで上げた。何故。

“古い家か……。アルハ、終わったら起こしてくれ”

 ヴェイグだけが唯一、乗り気じゃない。ヴェイグは台所によく出るあの黒い虫が大の苦手だ。世界を跨いで嫌われるアイツ、ある意味すごいな。


 ラクの新居は、想像以上に荒れていた。

「ヴェイグ、起きて」

“終わったか。早かったな”

「まだなんだけど、助けて」

 黒いアイツは、スキルを駆使して全滅させておいた。

 問題は、家があちこち壊れていることだ。

 今いるメンバーの中で、建築の知識がある人は居らず、まともに修理できると思えなかった。

「というわけなんだけど、ヴェイグできない?」

“むぅ。城の修繕なら知識はあるが……。一応やってみよう”

 交代すると、ヴェイグは早速一番近くの壁の穴に近寄った。

「以前、木を切り倒していたな。もう薪にしてしまったか」

 竜の力を受け入れたばかりの頃、森で魔物を討伐していて勢い余って木を十数本切り倒してしまった。

“忘れてた……”

 無限倉庫に入れっぱなしだった木は、なんとか乾いていた。ヴェイグの指示通りに切り出して組み合わせると、壁の穴は綺麗に塞がった。

「すごい、ちゃんと直った」

“実働したのはアルハだ”

 僕らが家を直している間に、女性陣が掃除を終わらせていた。

 ラクは雑巾をねじ切りかけてメルノに止められ、マリノが絞った雑巾を渡されて高いところを拭く作業に従事していた。なんだか微笑ましい。

 ハインは木をいくつか持っていき、簡易的な椅子やテーブルを作ってくれた。意外と器用だ。

「綺麗になると気持ちいいのう。いや助かった」

 皆で掃除した家で、ラクは満足そうな笑顔になった。

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